7-8. 雌伏
闇が闇を払うことはできない。
光だけがそれを成せる。
公民権活動家 キング牧師
やはりケイシーの見立て通り、黒い霧は日増しにその食指を伸ばしていた。毎日のように行われるリーグ戦に出場しながら、ケイシーの仲間たちはその変化を目の当たりにしていく。もはや賭けは隠されなくなり、新聞で当たり前のように案内されるようになった。どうやって持ち込んだのか、壁を越えて密輸入された酒が観客席に出回った。そうなれば、元々気性の荒い囚人たちのこと、試合そっちのけで喧嘩騒ぎが起きるのは必然だ。そんな争いや、賭け事でできた金銭的な格差というものは、所の日常生活にも持ち込まれる。
「オズ所長は何か言ってるのか?」
キャッチャーとしてチームに加わったブライアンに、ケイシーは聞いてみた。
「いえ、特には。やっぱり自主性に任せるんじゃないですかね」
「はーん、肝の据わった男だな、所長は」
囚人たちの規律の乱れという点では、所内の環境はもはや明らかに常軌を逸した状態である。ケイシーが育ったベンドのような、醜い社会の掃き溜めがここに再現されている。小さな頃からこれに慣れ親しんでいたのだから、マシューたちが軽く背中を押せば、こうなるのは当然だ。
それを知りつつも、この「自由の実験」を止めないオズ所長は、只者ではない。ブライアンによれば、上から注意も入っているらしい。
「でも、ありがたいですよね。おかげで僕も久しぶりに野球ができてるんで」
囚人たちに混じって普通に楽しんでいるお前も相当すごいぞ、とケイシーは思った。奔放なオズ所長の助手は、こういう男でなくては務まらないのだろう。
とにかく、こういう状況になれば、ケイシーが想定している事態までほんの一歩に過ぎない。
「……もう少しの辛抱だ」
急転直下に堕ちていく囚人たちを見ながら、ケイシーは申し訳なさそうに呟いた。
共和国リーグが開幕して二週間後、待っていたその時が訪れた。八百長が始まったのである。賭けと八百長は表裏一体、むしろ遅いくらいだ。おそらく、何をしてくるか分からないケイシーを警戒して、話を回さなかったのだろう。だが、儲けのためなら背に腹は代えられない、とうとうケイシー率いるメトロポリタンズにもその手が伸びてきた。
だが、ケイシーはその誘いを断り続けた。今更に芽生えた正義感めいたものはもちろんのことだが、一番の目的は、ある勝負を演出するためである。
「そろそろ頃合いだろう」
ケイシーは仲間たちにそう告げた。
「だけど、そんなに上手くいくのかなあ」
いまいちケイシーの算段を理解しきっていないジョーが、首をかしげている。
「上手くいくさ。胴元にとって八百長ってのは、表に出たら文字通りご破算だ。それに関わってる人間が必ず儲かるようになってんだから、部外者にとっちゃ興覚め、賭けなんて止めだ、という風になる。だから、八百と賭けを止めさせたかったら、その存在を証明してしまえばいい」
流石に、経験者のケイシーは確信していた。
「おっしゃる通り、ですよね。元々ここの観客たちは、試合がクリーンに行われていると信じて疑わない、というのではありませんものね。きっと、うっすら感じているでしょう。証拠を出してしまえば、一発です」
ジミーも、飲み込みは早かった。
「うーん、そこまでは仮に上手くいったとして、あいつが出てくるかなあ」
「出てくる。絶対だ」
「なんでそんな言い切れんの」
「あいつは負けず嫌いだからな。プライドを刺激してやりゃあ、必ず出てくるさ」
「ま、それもそうか」
多少なりとも合点がいったのか、それともケイシーの決意は揺るがないと悟ったのか、ジョーはひとまず頷いた。
「そうなったら、ほんとにお前とあいつの勝負だな」
「ああ。今から腕が鳴るぜ。よし、そのためには、ジミー、リトル・ジョン、頼んだぞ」
「もちろんです」
「おいどんに任せとけ」
これだけの信頼できる仲間と共に、大きな何かに挑戦できるのは、ケイシーの人生で間違いなく初めてだった。
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