7-7. 決別のために
闇が闇を払うことはできない。
光だけがそれを成せる。
公民権活動家 キング牧師
「……と、いうことがあったんだ。何とかしなきゃならねえな」
試合は大勝だった。ケイシーが自分の確信を仲間に伝えたのは、ひとしきり浮かれ騒いだ後だ。
「私も似たような空気を感じました」
ジミーが同調した。
「打席に立っている時です。純粋に野球を楽しんでいるのではない空気を、背中に感じたのです」
「それだ。俺が言いたかったのもその感じだ」
だが、同調の輪は形成されなかった。
「うーん、それって根拠はお前の勘だろ? 俺は皆夢中になってくれてる感じがして気分良かったけどな」
確かにジョーは、自分自身が一番あの場を楽しんでいたから、そう感じるのも当然かもしれない。
「そりゃ勘だけどよ、分かるんだよ。なんとなく」
「ああ、なんかそういう仕事もやってたんだっけ?」
その言い方に一切の軽蔑が含まれないのが、ジョーの良いところである。もちろん、腫れ物に触るという風でもない。
「ああ。そういう連中の顔は、言葉通り親の顔よりも見てきたつもりだ」
経験を根拠に言い押されると、ジョーもそういうものかな、と思わざるを得ない。
「分かります……じゃなくて、分かるでしょ? クーニーもフリンも」
未だに抜け切らない敬語を訂正しつつ、今度はその二人に話を振った。腕組みをしつつ答えたのはクーニーだ。
「そうだな。そういう勘ってものがあることは否定しない。ケイシーがそう感じたなら本当に賭けているんだろう。しかし……」
「しかし?」
「別に構わんのじゃないか、賭けたって。野球にはつきものだろう。俺たちに実害があるわけでもないしな」
それにはフリンも続いた。
「俺もそう思うぜ。仮に悪だったとて、俺たちはそれにとやかく言える身分じゃない。逆に聞くが、ケイシー、なぜ賭けがいけないんだ。そりゃあ、それで借金こさえたりしちゃあ良くねえが、ある程度までの金額なら構わなくねえか」
多分、クーニーとフリンは本心でそう思っているのもあるだろうが、それ以上に、親心でケイシーを試しているのだ。少し前までなら難しい問いだったかもしれないが、今のケイシーは、答えに窮することはなかった。そして、そんな自分が多少ながら誇らしい。
「俺たちは、こういう場に慣れちゃいけないと思う。罪っていうのが蔓延してて、それを仕方のないことだと諦めて生きていくのは、もう止めたいんだ。俺はもう出所の目はないのかもしれないけど、それでも最後くらいは筋の通った生き方をしたい。そのための出発点が、この囚人共和国だし、野球じゃないか」
仲間の一人一人に目を合わせて、語り掛けた。
「確かに、賭けるだけなら人に迷惑は掛けない。でも、こういうのを許せば、憎み合いとか八百長とか、それに人の命だって懸かってくる。皆そういう人生歩んできたんだから、分かるだろ」
自分の罪を念頭に置いて話してはいるが、ここにいるのは皆似たり寄ったりの人生を歩んできた犯罪者たちだ。図星を指されたように、きまり悪い仕草を見せる。
「賭けってのは胴元がいなきゃ成り立たねえ。そりゃ誰かって言ったら、あのマシューだろう。俺は、奴との個人的な因縁もあるけど、そうじゃなくて。俺が今まで犯してきた罪への決別として、あいつとしっかりやり合いたいと思ってる。それで、ここにいる誰もが思いっ切り野球をやって、晴れやかな顔で外へ出て、こんな自分とはサヨナラだ。それがいいだろ」
返事はするまでもないことだった。各々の目を見れば分かる。ここには、昔のケイシーのように周りを軽蔑した目や、何もかも諦めてしまった目はない。むしろクーニーとフリンは、慈愛にも近いような優しさを宿してケイシーを見つめ返していた。
決意を新たにしたケイシーは、満足げに頷いた。
「よし。俺にいい算段がある」
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