2-4. ホームに帰れば……
アメリカの心と精神を知りたい者は、野球を学ぶのがよい。
歴史家 ジャック・バルザン
帰り道に見た夕焼けは、ケイシーのそれまでの人生で一番に美しく感じられた。
家、というよりも寝床という方が似合う狭苦しいテネメントに帰っても、気分は沈まなかった。三人の弟たちからは不思議そうな顔を向けられたが、夕食の準備をしている母は、優しい笑顔を見せてくれた。
「ケイシー、楽しいお話、聞かせてちょうだいな」
「もちろん!」と答えるケイシーの顔にも、大きな花がほころんだ。父の帰りは遅いので、五人で夕食の時間を迎えた。余りにも狭いから、ケイシーが末の弟を抱きながら、皆冷たい石の床に座る。でも、普段は体に染みるその冷たさを、今日はさほど感じなかった。
「それで、そのチームがメトロポリタンズって言うんだけど……」
ケイシーにとっては、メトロポリタンズが勝ったかどうかはさして問題ではなかった。派手で華麗なプレイが観られたことが、何よりの経験だった。
「もうなんか、すごいっていうかもう魔法みたいなさ……」
と、いつも通り具のないシチューを口にしながら、ふと何かおかしいと気づいた。母の分がないのである。
「あれ、ママ、食べないの?」
言い終えたときには、考えなしにそう口に出したことを後悔した。一拍置いて、母が答える。
「ママは先に食べたからいいのよ」
そんなことがあるはずなかった。ここ最近、母は働きづめで体を壊し、寝たり起きたりという状態だった。それでも、家計を切り詰め、空腹にも耐え、ケイシーたちの分をとっているのだ。
ごめんなさいと言うべきなのか、ありがとうと言うべきなのか、それとも別の言葉があるのか、ケイシーは知らなかった。今日のケイシーはといえば、仕事の合間に野球なんかを観に行っていたのだ。いたたまれなくなったケイシーは、無心でシチューを口に流し込んで、床に敷かれたかび臭い毛布の上に寝転んだ。埃が舞い上がってむせる。
「ケイシー」
母の呼びかけには応えない。
「ケイシー、ママね、少しでもあなたのやりたいことをやってほしい、自由な人生を送ってほしいの。そりゃあ、本当に自由なんてわけにはいかないわ、でもね、ママ頑張るから」
慰めるような、諭すような、どちらともつかない調子だった。それから頭を撫でられて、気恥ずかしくて寝返りを打った。
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