福音
sorarion914
ハレルヤ
あぁ……
本当に退屈――――
「いらっしゃいませ」
私は笑顔を向ける。
「レジ袋はご入用ですか?」
ムスッとしたまま首を振る女に、それでも私は笑顔を見せ続けた。
「935円になります。お支払いは現金ですか?」
何も言わずスマホを差し出す女に、私は笑顔で対応した。
(ホント。愛想笑いの1つでも浮かべてみろよ、このブス!)
私はチラッと女の顔を見た。
20代くらいの若い女。
ゴスロリ系の洋服を着て、持っている鞄にはアイドルだか何だかよく分からないキーホルダーやらぬいぐるみやらがたくさんぶら下がっている。
無言でレジの前に立つ女は、なんだかまるでゾンビのようだった。
(なんだよ、その化粧。可愛いつもり?それとも何かのコスプレ?ハロウィンなら先週終わったわよ)
「ありがとうございました」
私は笑顔のまま頭を下げた。
不気味な女の後には、くたびれたオッサンだ。
「いらっしゃいませ」
ヨレヨレのスーツにヨレヨレの鞄。
仕事帰りだろうか?
カゴに入れられた商品は、値下げシールの貼られた総菜ばかりだった。
(今日はこれで晩餐ですか?)
私はレジに商品をスキャンしながら、オッサンに目を向けた。
50代くらい。身なりからして恐らく中間管理職以下。
指に結婚指輪無し。恐らく独身。1人暮らし。
缶チューハイを三本レジに通して、(安い酒でストレス発散)と心の中で呟いた。
「お支払いは現金ですか?」
そう聞かれてオッサンは、「袋は?」と呟いた。
「袋先に聞かなかったぞ」
そう言われて私は「失礼しました。袋はご入用ですか?」と聞いた。
「どうして先に聞かないんだ?さっきの人は先に聞いたぞ」
「え?」
「俺が袋必要ないと思ったのか?持ってるように見えるか?」
「――」
私は内心ため息をついた。
(ヤバ……たまにいるメンドクサイ客だ――)
「さっきの人には事前にちゃんと聞いたのに、なんで俺には聞かないんだ?おかしいだろう!?」
「申し訳ありません」
「俺には聞く必要ないとでも思ったのか!?」
「そういうわけでは――」
私は努めて冷静に対応した。
ただでさえ夕方のレジが混みあう時間帯だっていうのに……
1人の客がこうして難癖付けてくると、後に並ぶ人も皆苛ついてくる。
急にスイッチが入ったオッサンの怒りは、徐々にヒートアップしてきた。
「だいたいマニュアル通りの接客しかできないくせに、如何にも仕事出来ますみたいな顔で、適当にあしらいやがって!
商品通すだけの流れ作業で偉そうにすんな!こっちは客だぞ!買う人間がいなきゃ、お前らの仕事だってねぇんだよ!」
「……」
「時給なんぼでしか働けないパートのオバちゃんがよ」
「……」
イライラする客と私の様子に、見かねた店のマネージャーが走り寄ってきた。
何とかオッサンの気持ちを静めようと、平身低頭。
それを見て私は心底うんざりした。
(まったく……勘弁してよ!)
どうしてこう、周りの状況が分からないんだろう?
たかがレジ袋ひとつで大騒ぎする事か?
それに、言いたい放題言って大人げないにもほどがある。
一体どんな環境で育てば、こんな嫌味な大人に仕上がるんだろう?
日頃のストレスを、こんな形でしか発散できないなんて――まったく哀れな男だ。
(そんなんだから、いつまでもうだつが上がらない独り身なのよ)
スーパーの値引き総菜と、安い缶チューハイで自分を癒すことしかできない哀れな男。
おまけに、頭髪も見事なバーコード。
(お前をスキャンしたら、いったい幾らになるかしらね?)
ふいに。
本当に急に。
私はスキャナーを握りしめると、マネージャーに説得され、ふんぞり返ってるオッサンの肩を掴むと、自分の方へ引き寄せて徐にその頭にスキャナーを充てた。
「おい!一体何を―――」
ピッ!!
という、小気味よい音がした。
私は反射的に金額を見た。
【20251103】
「え?」
「……今日の、日付だ」
一緒に覗き込んだマネージャーがそう呟いた。
すると、目の前にいたオッサンが急にその場に蹲った。
一瞬にして視界から消え、着ていたヨレヨレのスーツが床の上に固まっている。
その中から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「えぇ!?」
客や従業員が固唾を飲んで見守る中、マネージャーが抱き上げたのは小さな赤ん坊だった。
「ど、ど、どういうこと??」
「さっきのオジサンは?」
あり得ない出来事に、その場にいた全員が困惑した。
オッサンの頭のバーコードを読み取ったら、今日の日付が出て赤ん坊になった。
「もしかして……赤ん坊に戻った?」
「そんな……いや、まさか――そんな」
私は困惑するマネージャーの手から赤ん坊を受け取った。
まるまるとした、可愛らしい男の赤ちゃんだった。
さっきまでの憎たらしさはどこへやら。
キョトンとした眼差しでジッと私を見ている。
頭に生えた産毛が、フサフサと波打っていた。
豊饒の大地が、そこにはあった。
私は、両手で高々と赤ん坊を掲げると、ひと言。
「見よ!世の罪を取り除く神の子羊だ!」
と叫んだ。
客と従業員の視線が、一斉に赤ん坊に向けられる。
その時、午後のタイムセールを告げる店内放送が厳かに流れ始めた。
レジの傍で、アメリカンドッグを頬張ってた少年が、その異様な光景を呆けた様に眺めていた。
咥えていたアメリカンドッグから、ケチャップが垂れて落ちる。
それがまるで流れる血のように、着ていたTシャツの胸元に落ちた。
赤ん坊がそれを見て笑う。私も笑う。
客も従業員も、みな笑う。
こうして人類は、罪なき世界を作るために新たなる神の子を授かったのだ。
父と子と聖霊の御名において――
「アーメン!」
【完】
※「なんだこれは??」と思った人も、「感動で何も見えない……」という人も、とりあえず目は通した――という証を我に見せたまへ(笑)
福音 sorarion914 @hi-rose
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