第3話

第三話

口の中で飴が転がる。甘酸っぱいイチゴミルクの味が、緊張で乾いた口に広がった。 (ああ、普通の飴だな……) そう思った、次の瞬間だった。


世界が、飽和した。


「―――っ!?」 継人は息を呑み、椅子から転げ落ちそうになるのを必死でこらえた。 さっきまで、確かに、がらんどうだったはずの棚。 それが今、所狭しとワケのわからない「何か」で埋め尽くされている。


青白く明滅する鉱石。動物のものとも知れぬ、巨大な白骨。見たこともない金属でできた、禍々しいデザインのジョウロ。使い古されたボロボロの葉団扇。瓶詰めの小さな竜巻。人から見たら宝石に見えそうな、泥にまみれた何かのフン。 棚の隅から隅まで、およそ人間の生活とはかけ離れた、理解不能なガラクタと宝物が混沌とひしめき合っていた。 まさに圧巻の光景だった。


「な……んだ、これ……」 継人が呆然と呟いた、その時。


ガラガラガラッ!


入り口の引き戸が勢いよく開く音がした。 「!」 継人がはっと顔を向けると、何者かが店から慌てて飛び出していく、その後ろ姿がちらりと見えた。 人間……じゃない? 背は低く、全身が緑色の、妙につるりとした肌をしていた。一瞬だけ見えた頭の上には、皿のようなものが乗っていた気がする。 河童……? まさか。


(出ていくってことは……さっきまで、店にいたのか?) 継人の背筋を冷たい汗が伝う。 (俺が入ってきた時、あの店長と二人きりだと思ってた。でも、違った? あの棚の前に、あの『緑色の何か』が立ってたのか? なのに、俺には見えてなかった……?)


パニックになりそうな頭で店内をもう一度見回す。やはり棚は「商品」で溢れかえっている。 そこへ、「お待たせ」と気のない声がして、店長が暖簾の奥から戻ってきた。 湯気の立つ湯呑みを一つ、盆に乗せている。


彼女は継人の前に湯呑みを置こうとして、ぴたりと動きを止めた。 そのジト目が、わずかに見開かれる。 さっきまでの「冷やかしが来た」と面倒くさそうな顔つきとは違う。継人が、ありえない物で埋まった棚と入り口を交互に見て、顔面蒼白になっていることに気づいたのだ。


店長の視線が、継人から、レジのカウンターの上に無造作に置かれた「飴の包み紙」へと移る。 「……あんた」 その声から、気だるさは消えていた。

「何をした?」

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