第2話

第二話

「あ、いや……やっぱいいです。冷やかしみたいなんで」 継人は慌てて愛想笑いを浮かべ、くるりと踵を返した。 (なんだよこの店。物々交換っつったって、棚に何もなきゃ交換しようがねえじゃんか) 空っぽの棚が、まるでこの店がまともな商売をしていない証拠のように思えた。さっさと退散しよう。 継人が引き戸に手をかけ、ガラッと数センチ開けた、その時だった。


「その紙袋、元カノからの返却品?」 背後から、相変わらず気だるげな声が飛んできた。 「えっ」 継人は動きを止める。振り向くと、店長の女はジト目のまま、タバコの煙を細く吐き出していた。

「……なんで、」

「違った? まあ、どっちでもいいけど。物々交換しに来たんでしょ」

「いや、だから、交換する物が何も……」

「棚になくても、交換はできるよ。それより、その中身……蛍光イエローのスニーカーって……ふふ、面白いセンスだね」


継人は今度こそ絶句した。紙袋は閉じている。中身が見えるはずがない。なのに、なぜ限定カラーのハイテクスニーカーのことを知っている? 「な、なんで……見てないじゃないですか!」 「見てるよ。君が入ってきた時から、その紙袋が『未練』とか『後悔』とか、そういうのでパンパンに膨らんでるのが」 店長は灰皿にタバコを押し付けると、初めて椅子から立ち上がった。 「……物々交換、してくんでしょ?」 そのジト目には、有無を言わせない妙な圧があった。継人は、まるで金縛りにあったかのように、こくりと頷くことしかできなかった。


「まあ、座んなよ」 店長はレジカウンターの内側にある、もう一つの質素な丸椅子を指差す。 「あ、どうも……」 お人よしな性格が災いし、継人は促されるままカウンター席についてしまった。

「ちょっと待ってて。今、人用の持ってくるから」

「人用の?」

「お茶とか、そういうの」 店長はそう言うと、カウンターの奥にある、薄暗い『従業員用』と書かれた暖簾の向こうへと消えていった。


「……」 一人残された継人は、落ち着かない気分で店内を改めて見回した。 (人用のって、どういう意味だよ……) やっぱり何もない。がらんとした空間だ。だが、さっきは気づかなかったものが目に入った。 レジカウンターの上。店長の座っていた椅子のすぐ横に、手のひらサイズの小さなガラス瓶が置いてある。 中には、カラフルな包み紙にくるまれた飴玉が、たった一つだけ転がっていた。


(あ、こういうのって、ご自由にお取りください、的なヤツだよな) 銀行や病院の窓口によくあるサービスだ。この何もない店で、唯一の「商品」あるいは「おもてなし」なのかもしれない。 (ちょっと気まずかったし、口直しにちょうどいいか) 継人は特に深く考えることもなく、瓶に手を伸ばした。 カラン、と軽い音を立てて飴玉を取り出す。何の変哲もない、イチゴミルク味の包み紙だ。 それをひょいと口の中に放り込んだ、瞬間だった。


世界が、変わった。

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