店長は人を騙さない(と、言っていた)

あかはる

第1話

第一話

「はぁ……」


乾いたため息が、初秋の少し冷たい空気に溶けて消えていく。 廻 継人(めぐる つぐひと)は、金色の短髪をガシガシとかき混ぜながら、雑踏の中をあてもなく歩いていた 。背は180cmと高い方だが、その背中は見事に丸まっている 。 原因は、手に提げたブランドものの紙袋。中身は、一昨日、元カノから叩きつけられるように返されたプレゼントの数々だ。


「俺のセンス、そんなにおかしいかよ……」


泣きながら「そういうところがズレてるって、なんで分かんないの!」と叫ばれたシーンを思い出す。我ながら最高のチョイスだと思った、銀細工の妙にゴツいネックレス。限定カラーだと喜ぶと思った、蛍光イエローのハイテクスニーカー。 それらを持ち込んだ駅前の大手買取店では「あー、こういうのはちょっと需要が……」と鼻で笑われ、マニアックな古着屋では「うちのテイストとは違うんで」と門前払い。 確かに、誰にでも優しい「お人よし」な性格が別れの原因だとは言われたが 、まさかセンスまで全否定されて終わるとは。


「売れねえなら、もう捨てちまうか……」


自棄になった継人が顔を上げると、いつの間にか駅前の喧騒は遠のき、日が傾きかけた町外れの路地裏に迷い込んでいた。古い民家が並ぶ、まさに「町の隅」という言葉がふさわしい場所だ 。 その一角に、ひときわ古びた木造の建物が佇んでいた。 個人商店、だったのだろう。軒先は色褪せ、ガラスの引き戸はカタカタと風に揺れている。だが、継人の目を引いたのは、軒下にぶら下がった一枚の古ぼけた看板だった。


『物々交換、やってます』


「ぶつぶつこうかん……?」 今どき珍しい。いや、珍しいなんてもんじゃない。フリマアプリ全盛のこの時代に、アナログな物々交換。 「面白そうじゃん」 落ち込んでいた気分が、ほんの少しだけ浮上する。どうせこの紙袋の中身は、今の継人にとってはゴミ同然だ。何かに変わるなら、それもいいかもしれない。 いい笑顔、だけが取り柄だと元カノにも言われた口角をぐいっと上げ、継人はその古い引き戸に手をかけた。


ガラガラガラ……。


「ごめんくださーい」 店の中に一歩足を踏み入れ、継人は目を丸くした。 がらん、としている。 壁際には確かに棚が並んでいるが、そこには何一つ商品は置かれていない 。コンビニはおろか、田舎の寂れた駄菓子屋よりも物が無い。ただ、掃除はされているのか、不思議と埃っぽさはない。 あるのは、店の奥に置かれた簡素なレジカウンターと、そこに備え付けられた一脚の椅子だけ。


「……」


その椅子に、女の人が一人、座っていた。 年の頃はよく分からない。幼くも見えるし、妙に落ち着いても見える 。目にかかるほど長い茶色の前髪の奥から、ジト目だけがこちらを気だるげに覗かせている 。 細い指に挟まれたタバコから、紫煙がゆるゆると立ちのぼっていた 。


(うわ、なんだこの店。客も商品もねえじゃん…… )


継人が入ってきたというのに、女は特に驚いた様子もなく、ただ静かに煙を吐き出している。あまりのやる気のなさに、継人はどう声をかけたものか迷った。 数十秒ほどの沈黙。それを破ったのは、店長らしき女の方だった。


「……何か、持って来たの?」


気だるげで、感情の読めない声だった 。

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