第11話 黒崎琴音がやってきた

「この前一緒に買いに行ったネクタイさ、お父さんすごい喜んでたよ」


「それはよかった」


 いつもの放課後。今日は喫茶店が定休日でバイトが休みなので、かえでが家に来ている。


 水曜は講義が少ないので、まだ午後の3時過ぎだ。


 早く終わったからって何か用事があるわけでもないが、こうやってダラダラできる日が1日あるのはありがたい。


 俺はゲームをして、楓はパソコンで作業をする。これもいつも通りの光景だった。


「ねえ」


「ん?」


「あれから黒崎くろさきさんとはどうなの?」


「怒られた後のこと? そういえば連絡が来て一回会ったよ」


「それは......大学で?」


「うん。第1キャンパスの2号館にあるカフェに呼び出された」


「なんの話──」


『ピンポーン!』


 楓の声を遮るように、チャイムが鳴った。


 リビングの入り口近くにあるインターホンの通話ボタンが点滅している。


「私が出る」


 俺が立ち上がるよりも先に楓がインターホンに向かい、ボタンを押した。


「はい、蒼井あおいです」


『黒崎琴音です。蒼井律君に用があって来たのですが、ご在宅でしょうか?』


 楓がこっちを見た。というより、目を細めて睨んでいるように見える。


『蒼井君がいないのなら、あなたと話がしたいわ。翠川みどりかわ楓さん』


 楓がまたこっちを睨むように見た。俺は知らないというように全力で首を横に振った。


 黒崎、なぜ俺の家に楓がいることを知っているんだ。そもそも、なぜ俺の家を知っているんだ。


 楓が完全に固まってしまったので、俺は立ち上がってインターホンに近づいた。


「黒崎、俺だ。今ドア開けるから、とりあえず上がってけよ」


 仕方がないので家に上げて直接話すことにした。


 通話を切って玄関に向かおうとすると、楓が俺の左腕を掴んだ。


「ちょっと、何考えてるの?」


「なんでか知らないけど、黒崎には全部お見通しみたいだからな。とりあえず中に入れて話してみようかと」


「......はぁ。わかった。律の好きにすればいいよ」


「楓、嫌だったら俺に部屋に隠れてるか?」


「いい。私も一緒にいる」


 俺の腕を掴んでいた手が離れ、楓が後ろに一歩下がった。


「わかった。じゃあ、行ってくる」


 この後のことを考えると、非常に面倒くさい。


 重い足取りで廊下を歩き、玄関のドアを開けると、やはり黒崎がそこにいた。


「こんにちは、蒼井君。突然ごめんなさい」


「普通に恐怖を感じたぞ。黒崎って探偵とかなのか?」


「情報収集のスペシャリストを知ってるだけよ。けど意外。あなたってこういう時恐怖を感じるのね」


「当たり前だろ。黒崎が危ないやつだったら俺殺されてるかもしれないじゃん」


「あら、私が危ないやつじゃない保証なんてどこにもないわよ」


「それもそうか......」


「冗談よ」


 少し警戒してしまったじゃないか。習ったことないけど、心の中では格闘技の構えをとっていたぞ。


「とりあえず入れよ」


「ありがとう。お邪魔します」


 黒崎は玄関に入る前に羽織っていた上着を脱いだ。


 そして中に入ると靴を脱ぎ、それを綺麗に並べる。一連の動作は洗練されていて、流れるような所作だった。


「一人暮らしにしては広い家ね。翠川さんと暮らすためかしら?」


「いや、住んでるのは俺1人だよ。たしかに楓はよく出入りしてるけど」


「あら、そうなの。でも、今後を見据えてこの家にしたんでしょ?」


「家は父さんが勝手に選んだ。俺に選択権はなかったよ」


「へえ。ご両親はあなたの性格をよくご存知みたいね」


「何が言いたいのかさっぱりわからないんだが......」


 そんな会話をしながら廊下を通り、リビングへ入ると、さっきまではなかったコーヒーの香りが部屋中に広がっていた。


 正面の丸テーブルには、湯気が立ったコーヒーカップが3つ並んでおり、丁寧にお菓子まで用意されている。


 俺が玄関に行っている間に、楓が用意してくれたらしい。


 そしてその楓はというと、俺たちを出迎えるように入り口のそばに立っていた。


「初めまして、翠川さん」


「私はあなたを知っていますよ。黒崎琴音、私たち世代の首席合格者で、今は理学部の顔にまでなっている天才。そんな人がどうしてここに?」


「あなたに会いたくて、と言ったら驚くかしら」


 黒崎と楓が静かに睨み合った。

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