第10話 新人アルバイター現る

 唐突だが、俺は個人の喫茶店でアルバイトをさせてもらっている。


 大学とは駅を挟んで反対方向にある喫茶店で、街中にある雰囲気のいい店だ。


 大学に入学してからすぐにバイトの募集を見つけて、そこから今まで働いている。


 シフトは多くて週に4回。


 他にも主婦のバイトが2人いて、俺を含めた3人で毎日シフトを回している。


 主婦の方たちは平日の日中に勤務することがほとんどなので、放課後や土曜に働く俺はほとんど顔を合わせたことがない。


 ちなみに勤務時間は平日は17時から20時まで。土曜日が9時から17時まで。


 どちらも閉店時間まで働き、その後クローズ作業を行う。


「お疲れさまでーす」


「お疲れ様。よろしくね」


「はい」


 店長の笑顔ってあったかいんだよな。この顔でよろしくって言われるとやる気が出てくる。


 制服に着替えるために、カウンターの中を通って控え室へと向かう。


 店内にはまだ客はいない。次のお客様が来る前に店に出なければ。


 ロッカーから制服を取り、控室隣の更衣室へ入る。


 白いシャツに黒いズボン、茶色いエプロンを掛けて着替えは終了。


 俺が店に出るのと同時に、扉が開き鈴の音が鳴った。


「お疲れ様です!」


 元気な声色。明るい茶髪を黄色のシュシュで括ったポニーテールが特徴的な女の子だ。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 俺はすぐに彼女に声をかけた。


 すると、カウンターにいた店長がやってきて俺の横に立った。


「実は今日から入る新人の子なんだ。君の後輩だよ」


「そういうことなんです。よろしくお願いしますね、!」


「よろしくな。俺は蒼井あおいりつ。わかんないことがあったらなんでも聞いてよ」


「ありがとうございます!」


 彼女はニコリと笑った。笑顔が眩しいとはまさにこのことだと思う。


「蒼井君、店が忙しくなるまで、裏で彼女に仕事のことを教えて欲しいんだ。頼めるかい?」


「もちろんです」


「それと、空いているロッカーを彼女用にしたから、自由に使ってもらって。制服もその中に入ってるよ」


「わかりました。じゃあ、俺についてきて」


「了解です。よろしくお願いしまーす」


 新しいバイト仲間が増えた。しかし、俺も先輩か。


「座ろっか」


「はい!」


 向かい合わせになるようにして席につくと、彼女が口を開いた。


「あたしの名前、まだ教えてなかったですよね。黄瀬きせ光莉ひかりっていいます。店長から聞いたんですけど、蒼井先輩とは同じ大学みたいですよ?」


「そうなんだ。学部って文学部?」


「工学部です」


「学部は違うのか。もし一緒なら、楽な教授の授業とか教えてあげれたんだけどな」


「それ、めっちゃ知りたかったです。残念」


「さてと、雑談はここまでにして、仕事の説明に入ろうか」


「はい先生」


「まず、仕事の内容は至ってシンプル。お客さんの接客と料理を運ぶだけ。後は掃除をしたり、備品の補充をしたり色々細かいところはあるけど、とりあえずは接客からかな」


「質問です。あたしたちは料理をしなくてもいいんですか?」


「アイスクリームを盛りつけたり、パフェを作ったりはするけど、他は全部店長がやる。特にコーヒーは淹れ方にこだわりがあるみたい」


「職人ってやつですね」


「そうそう。だから俺たちは基本接客がメインだよ。黄瀬は今までバイトの経験とかってある?」


「ファミレスでバイトしてたことはあるので、接客は得意ですよ」


「じゃあ大丈夫だな」


「自分で言っておいてなんですけど、そんなすんなり信じちゃっていいんですか?」


「だってやったことあるなら大丈夫でしょ」


 なんて頼もしい後輩が入ってきたんだ。


 ずっと笑顔で元気な感じだし、すでに俺より接客が上手いかもしれない。


「なんか、そんな真っ直ぐに信頼されるとこっちが不安になってきますね。そうだ! 試しに先輩がお客さん役で、あたしが店員役でシミュレーションしてみませんか? そこであたしが大丈夫か判断してくださいよ」


「いいよ。じゃあ、店に入ってくるところからな」


 俺は立ち上がって、更衣室の中に入った。


 客の気分になりきって扉を開ける。


「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」


「1人です」


「ではこちらのカウンター席へどうぞ」


 カウンターという設定で、さっきまで座っていたテーブルの前に座る。


「こちらメニュー表となっております。ご注文がお決まりになりましたらお声がけください」


 黄瀬がメニュー表を渡す仕草で手を動かす。完璧な所作だ。


 ファミレスのバイト経験者とはここまでできるものなのか。俺の1ヶ月をすでに身につけている。


「もう注文いいですか?」


「どうぞ」


「ホットコーヒーと、トーストをお願いします」


「かしこまりました」


 黄瀬はメモを取る仕草をした後、ガタン椅子を鳴らして立ち上がり、少し右に向かって歩き始めた。


「オーダー入ります! ホットコーヒー1! トースト1です!」


「完璧だ!」


「ありがとうございます!」


「接客、言ってた通り全然大丈夫じゃん。声もハキハキしてて聞き取りやすいし、何より笑顔が完璧すぎる。黄瀬のおかげで売り上げが上がるかもな」


「えーへへ。そうですかね〜?」


「後は閉店後の作業だから、その時説明するよ」


「わかりました」


 さて、超大型新人の実力もわかったわけだし、そろそろ店に出るか。


 そうだ。黄瀬も制服に着替えてもらわないと。


 ロッカーを順に目で追うと、すぐに『黄瀬』と書かれたプレートがついているロッカーを発見した。


 場所は俺のロッカーの隣だ。


「黄瀬、あのロッカーは黄瀬のだから自由に使っていいよ。鍵はダイヤル式だけど、裏に説明が書いてるからその通りに設定すれば大丈夫」


「わかりました」


「制服も中に入ってるみたいだから、そっちの更衣室で着替えるといいよ。じゃあ、俺は先に店出てるから、準備ができたら来て」


「はい。蒼井先輩、ありがとうございました!」


「いいって。改めて、これからよろしくな」


「こちらこそ、よろしくです!」


 その後、閉店までお客さんは3人しか来なかったけど、黄瀬の接客は全て完璧だった。


 俺は先輩らしいことを全くできないまま1日を終えた。


 後輩が完璧すぎると出番がないんだな。


 余談だが、バイト仲間(俺と主婦2人)のグループLINEに黄瀬を招待したんだけど、今までシフトの相談しかしていなかったグループLINEが1日で1年分のトーク数を裕に超えた。

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