第10話 焔の別れと旅立ちの日

十歳の誕生日。

それは、俺にとって“誓いの日”になるはずだった。

レンは朝から張り切って、エンの実のシチューを煮込み、月影草を飾り、森の果実で甘いジュレまで作ってくれた。


「今日はね、カイのための特別な日。ヒーローの誕生日だよ」


俺は笑ってうなずいた。

焔の皿に火を灯し、誓いを捧げた。


「俺は、誰かを守る。焔で照らす。レン姉みたいに、優しくて強い人になる」


炎が応えた。手のひらの焔が、ふわりと揺れて、誓いを包んだ。


そのときだった。

家の外から、金属の音が響いた。

剣の鞘がぶつかる音と怒号。

レンの表情が凍った。


「……来た」

「誰が?」

「人間の兵士。魔人族の掃討部隊。私を……討ちに来たの」


俺は立ち上がった。


「逃げよう!」

「カイ、あなたは逃げなきゃ。私は足止めする」

「でも――」

「聞いて。あなたは“焔の異能者”。この森に閉じ込めておける力じゃない。外の世界には、あなたと同じ異能を持つ者がいる。みずかぜつち……ほのおだけじゃない」  


俺は息を呑んだ。


「俺と同じ……?」


「そう。四属性の異能者は見つかったら、何をされるか分からないわ。だから、生きて。出会って。照らして。あなたの焔で、世界を変えて」


兵士たちが小屋の敷地内に踏み込んできた。

レンは魔法の炎を放ち、扉と窓を燃やして進路を塞いだ。

俺の焔が、胸の奥で暴れた。


「やめろ……やめろよ……!」

手のひらから焔が噴き出し、燃えている扉から焔が兵士に向かって襲い掛かる。

兵士たちが驚いて後退する。


「何だ!?魔人族の女以外に誰かいるのか!?それとも魔法か!?」


レンが俺を見て、微笑んだ。


「やっぱり……あなたは、特別だね」


その言葉とともに、レンは小屋の奥から赤い布を取り出した。

それは、手編みのマフラーだった。


「これ、10歳の誕生日プレゼント。赤いマフラーのヒーローみたいに、誰かを守るために巻いて」

「レン姉………」


俺はそれを受け取ろうとしたが、レンは強引に俺の首に巻いた。


「お願い、カイ。逃げて。生きて。ヒーローになって」

「レン姉、嫌だよ!俺レン姉と一緒に」

「カイ、ごめんね」


その瞬間、魔法の炎が爆ぜた。

俺はその炎に吹き飛ばされ、裏口から外に放り出された。

レンは魔法の炎を纏って、家から飛び出して兵士たちの前に立つ。


「走って!」


その声が、燃える家の反対側から聞こえた時、俺達二人で過ごした時間はもう帰って来ないのだと悟った。


俺は、走った。

泣きながら、叫びながら、森を駆け抜けた。


「あああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


焔のマフラーが首元で揺れていた。

レンの温もりが、そこに残っていた。


森を抜けたとき、空が少しだけ明るくなっていた。

夜が明けていたんだ。

俺は立ち止まり、深く息を吸った。


「レン姉………俺は、ヒーローになる。焔で、誰かを守る」


その誓いが、焔となって手のひらに灯った。


遠くの空に、雲が流れていた。

風の気配、水の匂い、土の鼓動――  この世界には、俺と同じように“異能”を持つ者がいる。

それを知った今、俺はもう、孤独じゃない。


俺は、焔の孤児。

でも、これからは――焔のヒーローになる。

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