第9話 焔の誓いと最後の夜
その夜の森は、いつもより静かだった。
風もなく、虫の声も遠く、焔の実の香りがやけに濃く感じた。
レンは焚き火の前で、ゆっくりと薬草を刻んでいた。
「今日はね、特別な薬を作るの。カイのために」
「俺、病気じゃないよ?」
「うん。でも、これから強くなるための薬。焔の力を、ちゃんと受け止められるようにね」
レンの声は、どこか遠くを見ているようだった。
俺は焔の皿を整えながら、ふと聞いた。
「レン姉、俺って……人間なの?」
レンは手を止めて、少しだけ黙った。
「カイは、カイだよ。それでいい」
「でも、俺の焔って、普通じゃない。魔法でもスキルでもない。異能って……」
「異能はね、想像力の力。心が強い人にしか宿らない。カイは、誰かを守りたいって思える子だから、焔が応えてくれたんだよ」
俺はその言葉に、少しだけ安心した。
夕食は、エンの実のシチューと、月影草のサラダ。
レンは、俺の好きなものばかりを並べてくれた。
「今日は、カイの“誓いの日”だからね」
「誓い?」
「うん。ヒーローになるって、言ってたでしょ? その気持ちを、焔に伝える日」
俺は焔の皿の前に座り、目を閉じた。
「俺は、誰かを守る。焔で、照らす。レンみたいに、優しくて、強い人になる」
焔がふわりと立ち上がった。
炎は、俺の言葉に応えるように、静かに揺れた。
レンはその様子を見て、目を細めた。
「……綺麗な焔。カイの心が、ちゃんと届いてる」
そのあと、レンはふと懐かしそうに笑った。
「ねえ、カイ。昔ね、“焔の灯籠祭”っていうお祭りがあったの。お姉ちゃんの一族が住んでた村で、年に一度だけ、みんなで願いを焔に託して空に飛ばすの」
「灯籠、俺も作ったよね」
「うん。でもね、私が子どもの頃に作った灯籠は、うまく飛ばなかったの。魔法で作った炎が暴れて、紙が焦げて、空に届かなかった」
「どうして?」
「そのときの私は、誰かを恨んでたから。人間に家族を奪われて、心の中が黒くて、魔法がそれを映しちゃったの」
レンは焔を見つめながら、ぽつりと続けた。
「でもね、ある日、ひとりの旅人が言ったの。“焔は心を映す鏡だ”って。優しい心で灯せば、焔も優しくなるって」 「それで、レン姉の炎は優しくなったの?」
「ううん。カイに出会ってから、ようやくね」
レンは俺の頭を撫でた。
「あなたを抱きしめたとき、初めて、焔があったかくなったの。あのときの灯籠が、ようやく空に届いた気がしたの」
焚き火が小さくなっていく中、俺たちは並んで座っていた。 空には星が瞬いていて、灯籠の残り火がまだ漂っていた。
「カイ、もし私がいなくなっても、焔を信じて。あなたの心が、誰かを照らす限り、焔は消えない」
「……レン姉、どこにも行かないで」
「うん。ずっと、カイの心の中にいるよ」
その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。
焔の誓い。
それは、誰かを守るために燃える心。
俺は、ヒーローになる。
レンの願いを、俺が叶える。
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