第7話 焔の病と夜の看病

その日は、朝から体が重かった。

頭がぼんやりして、手足がだるくて、エンの実の匂いすらきつく感じた。


「カイ? 顔が赤いよ」


レンが額に手を当てると、すぐに眉をひそめた。


「熱がある……今日はもう、寝てなさい」


俺は反論しようとしたけど、体が言うことを聞かなかった。  布団に入ると、すぐに意識が遠のいていった。


夢の中で、焔が渦巻いていた。

赤く、青く、紫に揺れる焔が、俺の周りをぐるぐると回っていた。


「お前は、何者だ」  


焔の中から、声がした。


「お前は、燃やす者か。照らす者か」


俺は答えられなかった。

ただ、炎に飲まれそうになっていた。


目が覚めたとき、部屋は薄暗く、焚き火の音だけが静かに響いていた。

額には冷たい布が乗せられていて、隣にはレンがいた。  彼女は俺の手を握りながら、眠っていた。  


「……レン姉」  


声を出すと、レンが目を覚ました。


「カイ……大丈夫? 水、飲める?」


俺はうなずいた。レンが差し出した湯冷ましを、少しずつ飲んだ。


「ごめんね、無理させちゃったかな」


レンは俺の額を撫でながら、静かに言った。


「焔の異能を持つ子は、時々こうして熱を出すらしいの。体が、力に慣れようとしてるんだって」


俺はぼんやりと、焔の夢を思い出した。


「……俺、夢で焔に聞かれた。“お前は、燃やす者か、照らす者か”って」


レンは少し驚いたが、それから微笑んだ。


「それは、焔の心が試してるんだね。カイが、どんな焔を灯すのか」

「俺……照らす焔になりたい」

「うん。きっとなれるよ」


その夜、レンは俺のそばでずっと物語を語ってくれた。

赤いマフラーのヒーローの続き。


「ヒーローはね、病気の子のために、自分の焔を分けてあげたの。そうしたら、自分の体が弱くなっちゃった。でも、子どもは笑ってくれた」

「それって、損じゃないの?」

「ううん。ヒーローはね、“笑顔が見られたら、それでいい”って言ったんだよ」


俺はその言葉を聞いて、胸がじんと熱くなった。


「レン姉」

「なあに?」

「俺、大きくなったら、焔で誰かを守る。レンみたいに、優しくて、強い人になる」


レンは少しだけ目を潤ませて、俺の手をぎゅっと握った。


「うん。カイなら、絶対なれるよ」


焔の病は、次の日にはすっかり引いていた。

でも、あの夜のことは、ずっと俺の中で燃え続けている。  焔の夢、レンの手、そして――ヒーローの言葉。

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