第6話 雨の日の焔と読み聞かせ
朝から雨が降っていた。
森の木々がしっとりと濡れ、屋根を打つ雨音が、いつもより静かに感じた。
レンはエンの実を煮ながら、窓の外を見ていた。
「今日は、外には出られないね」
俺は少しだけ残念だったけど、雨の日には雨の日の楽しみがある。
それは――読み聞かせ。
レンは、焚き火の前に毛布を敷いて、俺を膝に乗せた。
「今日はね、特別なお話をしてあげる」
俺は目を輝かせた。
「ヒーローの話?」
「うん。“赤いマフラーのヒーロー”のお話だよ」
焔が静かに揺れる中、レンの声が物語を紡ぎ始めた。
――昔々、世界が闇に包まれていた頃。
人々は希望を失い、誰もが自分だけを守るようになっていた。
そんな中、ひとりの青年が現れた。
彼は赤いマフラーを巻き、焔を操る力を持っていた。
その焔は、誰かを傷つけるためではなく、誰かを照らすために燃えていた。
「彼はね、名前を持っていなかったの。でも、みんなが“赤いマフラーのヒーロー”って呼んだの」
レンの声は、焔の揺らぎと重なって、まるで本当にそのヒーローがそこにいるようだった。
ヒーローは、村を襲う魔物を焔で追い払い、凍える子どもたちを焔で温めた。
誰かが泣いていれば、そっとマフラーを外して肩にかけた。
そのマフラーは、焔の力で編まれていて、触れるだけで心が落ち着くと言われていた。
「でもね、ヒーローはいつも一人だった。誰かを守るたびに、少しずつマフラーが短くなっていったの」
俺は息を呑んだ。
「なんで?」
「それはね、マフラーが“優しさ”でできていたから。誰かに分けるたびに、彼の優しさが減っていくの」
「じゃあ、最後はどうなるの?」
レンは少しだけ寂しそうに笑った。
――最後の日、ヒーローは全てのマフラーを分け終えた。 もう焔も、力も、何も残っていなかった。
でも、人々の心には、彼の焔が灯っていた。
誰かを守りたいと思う気持ちが、次の焔を生んだ。
そして、世界は少しだけ、優しくなった。
「……ヒーローは、いなくなったの?」
「ううん。彼はね、“焔の心”になったの。誰かが誰かを守りたいって思ったとき、その焔が灯るの」
俺は焔を見つめた。
炎が、静かに揺れていた。
「俺も、赤いマフラーのヒーローになる」
レンは驚いた顔をして、それから優しく笑った。
「カイなら、きっとなれるよ。でもね、ヒーローって、強いだけじゃだめなの。優しくないと」
その言葉が、胸に深く染み込んだ。
雨は夜まで降り続いた。
でも、俺の心は晴れていた。
焔のように、誰かを照らせる人になりたい。
それが、俺の“夢”になった。
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