第8話 焔の灯籠と夏の夜

夏の夜は、森が静かになる。

虫の声が遠くで響いて、葉のざわめきも穏やかで、空気が少しだけ甘い。

エンの実の収穫が終わった日、レンは言った。


「今日はね、灯籠を作ろう。焔の灯籠」


俺は目を輝かせた。


「焔の灯籠って、あの空に飛ばすやつ?」

「そう。願いを込めて、焔で空に送るの」


レンは小屋の奥から、古びた紙と細い木の枠を取り出した。


「これね、お姉ちゃんの一族の伝統なの。炎を使って、願いを空に届けるの」


俺は紙に触れてみた。ざらざらしていて、少し焦げた匂いがした。


「これ、燃えないの?」

「燃えないように、焔の心で包むの。カイの力なら、できるよ」


灯籠の枠を組み立て、紙を貼り、底に小さな焔の皿を置く。

レンは筆を渡してくれた。


「願いを書いてみて」


俺は少し迷ってから、紙にこう書いた。


「ヒーローになりたい」


レンはそれを見て、優しく笑った。


「うん。きっとなれるよ」


焔の皿に火を灯すと、灯籠がふわりと浮き上がった。

でも、すぐに揺れて、傾いて、落ちかけた。


「カイ、焔に語りかけて。灯籠を包むように、優しく」


俺は目を閉じて、炎に語りかけた。


「飛んで。願いを、空に届けて」


炎が応えた。

灯籠の底で、焔が静かに踊り、灯籠がまっすぐに浮かび上がった。


空には星が瞬いていた。


灯籠は、ゆっくりと夜空へと昇っていった。


「レン姉の願いは?」


レンは少しだけ黙ってから、言った。


「カイが、幸せになりますように」


その言葉に、俺は胸が熱くなった。


灯籠が空に消えるまで、俺たちは焚き火の前で並んで座っていた。

レンは昔の話をしてくれた。


「私もね、昔はヒーローになりたかったの。でも、魔人族ってだけで、誰も信じてくれなかった」

「俺は信じるよ。レン姉は、俺のヒーローだよ」


レンは驚いた顔をして、それから泣きそうな笑顔を見せた。


「ありがとう、カイ。……あなたがそう言ってくれるなら、私はそれだけでいい」


その夜、俺は夢を見た。

空に浮かぶ灯籠の中で、赤いマフラーのヒーローが微笑んでいた。


「君の焔は、誰かを照らすためにある」


その言葉が、俺の胸に灯った。

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