第36話 煌敦出撃前夜

 数日後、煌敦進撃へ向け、御前での会議が催された。

 会議の冒頭で、メリアンがプロイデンベルクへ向け宣戦布告を行った事を伝えると、一堂にみな興奮した。

 勝利確実の空気が漂いはじめたその時、皇帝が心配そうに周囲を諫めた。

「あまり油断するべきでないぞ、朕とて慢心から敗退した例をいくつか知っておる。戦の専門家であるそちたちなら、朕以上に知識があるだろう」

 まわりの弛緩した空気がいっぺんに吹き飛ぶ。

「そこでだ、休息後、進軍をするがその手当は秋川椿に一任しておるので、まずはその作戦をたたき台にして議論を行いたい」

 皇帝の発言から、周囲の目が一斉に注がれる。

「陛下から、任を賜った秋川です。改めてよろしくお願いいたします」

「さて、メリアンの宣戦布告からプロイデンベルクが取るであろう方針として、サマイルナ西北部、プロイデンベルク本土周辺の防備をまず固め、次いでジブタルラル海峡~ラムセスを経由しパルサポリスのライン、最後はスーズルカ公国戦線以外は放棄するものと考えられます」

 一同それとなく頷く。

「ゆえに煌敦にたいする補充は兵に関してだけ言えば計算に入れずに済むと考えられます」

「そこで、我が軍は第1師団、14師団、28師団を後方より呼び寄せ、より損害の多かった11師団を千州の防備として残し、14師団は二つに分け1部隊は1師団が駐屯する輸送基地のエナ・ホトに入り、もう1隊は、今5師団が駐屯する台地に代わりに駐屯とする。この11師団と14師団は輜重隊を狙う魔歩賊に対する迎撃用の軍です」

「敵、煌敦へは3方から迫る形を取り、左翼を第1師団、第16師団、第18師団。右翼が第5師団、第6師団、第15師団とし、中央が近衛師団、第26師団、第28師団、第038師団と言う万全の態勢で出撃したいと思います」

 椿の話が終わると、伊賀作戦主任参謀が手を上げた。

「作戦主任参謀、どうぞ」

 椿の呼びかけにすくっと立ち上がり、口を開いた。

「司令のおっしゃりたいことは分かります。が、あまり時を置きすぎるのはどうでしょうか? ここは息をつかせぬよう早急に進軍し、エルウィンを蹴散らすべきだと思われますが?」

 それに対して椿は黙って言葉を聞いていたが、伊賀が語り終えると反論を口にした。

「作戦主任参謀の言いたいこともわかります。ただ今は陛下がおられるのです。危ない橋を渡るわけにはいきません。安全策を取ります」

 椿がぴしゃりと言うと、伊賀は目を伏せて着席した。

 陛下の安全を出されるとそれ以上は誰も何も言えず、周囲も安全策をとりつつどうやってよい戦果を得られるかを苦慮し、意見を出し合うこととなった。

 大兵力による包囲作戦はタイミングが大切であり、かつ敵が中央にとどまっているとも限らず、どちらかの翼に全兵力を向けた時の事を考慮する必要がある。

「地雷が沢山埋まっていると思われるが、除去の工兵の事も考えんと」

「11師団、14師団の工兵だが、最低限の人数を残して残りを連れてきたらどうか?」

「そうですね、そうしましょう」

 会議は夜まで続き、みなくたくたになって終了した。

 

 会議終了後、人がまばらとなったテントの中で皇帝へ真好が献策をしていた。

「陛下、実はお願いがござりまする」

「どうした、真好。そちらしくもない」

「私が思うに……」


 それから2週間ほどたったある日。

 

 その日も朝から航空騎隊の増援と、煌敦に対する爆撃に出撃する航空隊、駱駝を率いてキャラバンのようにゆっくりと物資を運んでくる隊やメリアンの貨物魔動車の群れ、輸送騎によって運ばれてくる緊急物資など、まるでオアシスが復活したかのような熱気と賑わいを見せていた。

「陛下、ご機嫌麗しゅうございます」

「おお、乃本、久しいな。それと石川参謀長、ご苦労であった」

「はっ」

 2人腰を曲げ、頭を深々と下げた。

「進軍の話は聞いておろう。休む間もなく申し訳ないが、16師団、18師団と意見を交換し、進軍に備えてくれ」

「はっ、陛下の仰せのままに」

 皇帝は好ましそうに2人を眺め頷く。

「ここを乗り切れば、後は」

 皇帝は消え入りそうなほどの小声で呟いた。

 

 その夜。誰とも分からぬ1旅団が到着した。

「秋川さま、前にお話にありました旅団、到着とのよしにございます」

 衛兵が真好に耳打ちする。

「おお、来たか」

 真好は口を歪める。頭が回転を始めた。

「衛兵、すまぬが伊賀作戦主任参謀を呼んできてはくれぬか?」

 そのまま衛兵が駆けだすと、真好は頭を掻きつつ「やれやれ、困ったものだ!」と笑いながら愚痴を吐いた。

 日中は徐々に暖かくなってはきたが、日が落ちるとまだまだ寒い。

 衛兵が荒く白い息を吐きつつ伊賀の元を訪れると、伊賀は就寝しており、しばらく時間を置いた後仏頂面で出てきた。

「お休み中のところ誠に申し訳ございません、秋川真好さまがお呼びです」

 伊賀は顎に手を当てて少しの間考え事を開始した。

「こんな夜中に何の用だ? 人に知られたくない用なのか」

 元来積極性と好奇心の塊のような男である。すぐに気持ちを切り替え真好の元へ急いだ。

 伊賀が真好の元を訪れると、真好は筆を置き、伊賀の事を手招きした。

「寝ていたか。すまぬな」

 顔に不機嫌さが残っていたかと伊賀は修正を試みる。

「いえ、何か重大な事でも?」

 そう聞かれると真好は微笑をたたえて切り出した。

「こたびの作戦、色々考える事があってな。どうも年を取ると心配事が増えるらしい」

 伊賀は真好が何を言いたいのかを探ろうと顔を凝視した。

「実は、陛下にお頼みして1旅団を呼び寄せてある。それが先ほど到着した」

「……それは!?」

「混成軍ながら魔動歩兵中隊もつけてある。練度はちと怪しいがな」

「まさか……」

「ああ、そのまさかだ。遊撃任務として今夜中に出立せよ」

「それは……重大な任務ですな」

 平常を装う伊賀の顔からは、隠せないほどの喜びが溢れ出て、今にも爆発しそうな位である。

「うむ。任務は2点、補給線の遮断と、煌敦での会戦が始まったら背後から襲う事だ。具体的な作戦は君に任せる」

 さすがに1個旅団を任せてくれると聞いて飛び跳ねたいほど嬉しかったが、伊賀は懸念点を問う事を忘れなかった。

「それでは出立準備をいたしますが、作戦継続のための補給物資はどうなりますか?」

「それなら出発時に満載の貨物魔動車を持ってく手筈となっている。すでに積み込みの指示はしてあるゆえ詳細は旅団に行って聞け。もしそれでも足りないようなら無線をよこせ、手配する。旅団の場所は衛兵が知っておるので案内してもらえ」

「了解いたしました。早速準備をいたします」

「頼んだぞ。任務が任務ゆえ、周囲に姿を見られたくないでな」

「お任せください」

 そう言って頭を下げると、伊賀はまるで忍者のように素早くテントを後にした。

「やれやれ、これで一安心だわい」

 真好はそう言って冷めたお茶で喉を潤した。

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