第37話 決死の夜襲
寒い北の荒地にも草の息吹が生まれ始める。日中はギラギラした太陽もあり汗が出るほどの温かさに変わるこの頃。
「全軍、出発」
椿の言葉で進軍が発令されると、続々と兵が歩き始める。
椿が率いる中央軍は、千州の防衛をしており今まで交戦していない第28師団を先頭に第26師団、近衛師団、第038師団と続く。
左翼軍が乃本元帥指揮のもと休息と補充を終えた第1師団、第16師団、第18師団が続く。
右翼軍は台地に籠城し被害が比較的少なかった第5師団、精強な第6師団、第15師団の順番で昔町が指揮をとり進軍する。
翔陽軍は意気天を衝くよう覇気がみなぎり、前途洋々にて雲一つない青空の奥にある地平線目掛け一歩一歩前進していった。
煌敦
メリアンが宣戦布告して以来補給は滞り始めて、食料はまだ来ているが、魔導石は常に足りず、兵器関係――航空騎は補充されず、魔砲や魔動歩兵は1個小隊来たのみであり、失った部隊から考えるとその補充量は焼け石に水に等しい。
翔陽の航空騎は戦闘騎、爆撃騎問わず落としても落としてもすぐに追加され、数の力で押されて飛行場には飛べる飛行騎はわずかしかなく、高角魔砲も連日の爆撃で潰されてどうにかなるような状態はとうに過ぎていた。制空権を完全に失っていた。
エルウィン自体ここの防衛は諦めており、状況を説明し撤退許可を申請したのだが、参謀本部が認めず迎撃を余儀なくされていた。
ちなみに参謀本部だが、プロイデンベルクは陸軍が国を持っていると言われるほど陸軍の力が強く、その中でも知的エリートを集めた参謀本部が軍を牛耳り力を持っていた。
参謀本部の原型は諸説あれど、発展したのはカール王国のボナレオーネ1世の出現からである。
ボナレオーネ自身は、革命により旧王朝を打破した市民たちを糾合するとプロイデンベルクをはじめ各地を制圧。最終的に祭り上げられて王になったがスーズルカ公国に遠征したところ、浄土作戦と冬到来により補給が困難になり敗退。そこから坂を転げ落ちるように没落した。
翔陽の陸軍は初めはカール王国の陸軍を参考に軍制を整えていたのだが、ボナレオーネ3世とプロイデンベルクが戦争をし、カール王国はボナレオーネ3世が捕縛されるほどの大敗をしたのを受け、軍制をプロイデンベルクに改めたという歴史がある。
そういう意味では、師弟対決の様な面持ちの戦争ではあった。
「これしかない」
エルウィンはありったけの魔動歩兵をかき集めると、それを先頭に翔陽軍に錐のように穴をあけ、後方より続く歩兵隊によりそれを拡張する戦術をとり、側面や背面から襲う敵は最後尾に強力な魔砲部隊を用意することとし、プロイデンベルク軍の各部隊より抽出して備えることとした。
形としては錐行に近く、本陣まで切り込み本陣を潰すことにより機能停止に陥らせ退却させる。そう考えていた。それしかなかった。
「ナイディンガー、翔陽の皇帝が来ているそうだ。ここの軍を蹴散らせば、恐らく全軍退却する。
「司令、それでは、後軍が……」
絶句するナイディンガーにエルウィンは諦めの表情を浮かべ言葉を吐き出す。
「恐らく速度の戦いになる。翔陽はどちらにしろ数を頼りに包囲して来るだろう。こちらが翔陽の皇帝の親衛隊を敗走させるか、それとも我がプロイデンベルク軍の後ろが崩されるか……だ」
エルウィンはゴーグルを取り外してタオルで拭くと、たまりにたまっていた砂埃が取れ、綺麗になった。
「うん、見やすい!」
ゴーグルを手で持ち目の前にかざしてみる。
「司令、そのゴーグルを使うのですか?」
ナイディンガーの問いに首を振り「いや、使わんよ」と答える。
(不思議な人だ)
「ただのゲン担ぎさ」
小さく吐いた言葉は、ナイディンガーに届くことなく乾いた風に乗せられて空高く舞い上がった。
翔陽軍
進軍は慎重を期して、ゆっくりと進め、夜は夜襲を警戒し宿直が警備し、朝になると貨物魔動車に乗せて移動するなど英気を養うことに注力し、決戦に備え抜かりはない。
連日爆音を響かせ頭上を爆撃騎の群れと直掩の戦闘騎隊が通り過ぎてゆくと余裕からか手を振るものが多い。
「……」
椿は思い悩んでいた。
プロイデンベルクの師団に動きがありそうなのだ」
連日の爆撃および偵察で情報は入って来ていた。でも何か嫌な予感がする。
とうぜんプロイデンベルク軍が籠る煌敦周りには多量の地雷が設置してあるのは諜報員から確認済みである。そこを捨てて出てくるのだろうか?」
「阿垣師団長はいますか? 秋川です……」
明日には煌敦に到着する。
「夜襲があるとしたら今夜だ!」
椿は真好に無線を繋げ連絡を取る。
「今晩あたり奇襲があると思われますが、これから……」
「ああ、もう済んでおる」
「えっ!?」
「だから済んでおる」
素っ頓狂な声をあげる椿に対し、さも当たり前の事のような声で真好は話す。
「煌敦のプロイデンベルク軍に打てる手は少ない。おそらくケッメルならそう動いてくる。だからエルウィンもそう動く。シャホルルンスト以来のプロイデンベルクの癖だな」
「椿、おそらくお前もそのプロイデンベルクの参謀本部の隔世遺伝の思考が染みついておるゆえ、そう言う考えに至ったのだろうな。まあ、気付かない者もいるでな、よう気付いたと言うべきか」
「しかし、おじい様はどうして……」
「私の世代は、プロイデンベルクだけではなくカールの戦術や古来より翔陽に伝わる戦国武者の兵法、古代東秦の武経七書など色々と読んで来とるからのう」
「そうそう、陛下を通じて右翼左翼には連絡済みだ。安心せい」
「おじい様、それでは、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「椿、おそらくこれが陛下に対する最後のご奉公じゃ、好きにやらせてくれ」
しんみりとした声の後に急に元気な声になる真好に当惑して椿は相槌を打つのも忘れ立ち尽くした。
「あと、お前のやる事じゃが、取りあえず見ておれ」
今日は眠れぬ夜になりそうだと椿は覚悟した。
深夜
消音の魔法を使い足音を殺して進むと、気付かれる事無く翔陽の第28師団に接近した。
「よし、あと少し近づいたら奇襲攻撃をかけるぞ」
ヤグアルの隊長、フォルスの騎が威風堂々と先頭に立ち、右手で部下に合図をしている。
「ずいぶんとヤグアルの数、少なくなりましたね」
ナイディンガーは寂しそうに誰に言うでもなく口にした。
後方にヴィルトカッツェの大隊が続き、その後にフロスピァド隊、ジラフ隊に5号魔歩隊が続く。
ジラフ、フロスピァドともに4号魔歩などの古い騎体を利用し、巨大な魔砲を腕に固定して新しい騎体なみにどうにか遠距離の砲撃戦をこなそうとする苦肉の策ともいえる騎体だが、それすらも足りておらず、5号は翔陽の1式と比べ多少優れている程度の旧式騎である。それを動員してもなお数が揃わないほど不足していた。
第21師団を中央に第90軽機械化師団を左に置き、右には第15師団を配置、左斜め後ろにはバスティーリャ王国の第250師団、第15師団、右斜め後ろはトロイヤの第10、20、21軍団続き、一番後ろに第9師団が続く。
「よし、攻撃開始!」
魔動歩兵隊の火箭が切られると、全軍翔陽の第28師団へ向けて突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます