第2話 勇者、正体バレかける

 ――その日、世界中の配信者がざわめいた。


 星宮ルナの緊急生配信。

 「謎の男が少女を救出」というタイトルと共に、数千万再生を突破していた。

 だが、騒がれていたのは“救出劇”ではない。

 映像の中で繰り広げられた――ありえない光景だった。


コメントまとめ(再生中)

「ちょっと待って。剣で斬ってからヒール唱えてるんだけど」

「あれって支援系と攻撃系、両立できるやつじゃん……え、そんなビルド存在した?」

「てか《リジェネ》と《シールドアップ》同時発動とか、ゲームバランス崩壊w」

「これ、演出とかCGじゃないのか?」


 真一自身は、そんな騒ぎを知る由もなく。

 そのころ、いつものようにダンジョン最下層近くで修行していた。


 「うむ、今日もいい風だ……いや、風は吹いていないが!」


 いつものように誰もいない。

 いつものように、ひとりごとが響く。

 だがその動きだけは、誰も真似できない領域に達していた。


 巨大な岩トカゲが地面を踏み砕く。

 その瞬間、真一は足元の魔法陣を展開。


 「移動加速――《スピードブースト》!」


 身体が霞のように消え、次の瞬間にはトカゲの背後へ。

 斬撃、突き、後退、詠唱。

 剣の光が走り、直後に回復魔法の緑の光がほとばしる。


 「……攻撃の後、回復。うん、勇者としての流れは完璧だな!」


 さらにもう一歩、前進。

 今度は掌を掲げ、詠唱を短く切る。


 「炎よ、我が剣に宿れ――《フレイム・エンチャント》!」


 剣が紅蓮に包まれる。

 次の一撃で、岩トカゲは完全に灰と化した。


 ――そして、終わった瞬間に、光の粒子が舞い始める。

 彼の周囲に、青白い陣が浮かんだ。


 「これが《リジェネレーション・フィールド》……半径十メートル内の味方の自然回復速度を上げる。つまり、俺のためのフィールドだな!」


 ひとりで、味方バフを張りながらうなずく。

 自給自足。孤独でありながら、完全にパーティを再現している。


 「攻撃役、俺! 回復役、俺! 支援役、俺! ……勇者は万能だからな!」


 誇らしげに笑ったその瞬間――。


 岩陰から、かすかな電子音がした。

 真一が振り向くと、小さなカメラドローンが光を放ちながら彼を映していた。


 「……む? あれは昨日の……あの少女の配信機か?」


 ルナが昨日使っていた撮影ドローンが、壊れた通信回線のまま再び稼働していたのだ。

 ドローンは自動で彼の戦闘データをアップロードしていた。


数時間後、ネット世界にて


「昨日の“勇者おじさん”、続報来たぞ!」

「あの人、マジで全系統使ってる。剣、魔法、回復、支援、全部ソロ!」

「これ理論上無理だろ。スキル適性って1系統しか取れないじゃん!」

「解析班によると、同時詠唱が4系統重なってるらしい」

「何者……!? NPCじゃなくて人間……?」


 瞬く間に、世界中のダンジョン学者や冒険者が検証を始めた。

 論文タイトルが躍る。

 「“勇者型ビルド”の実在性について」

 「スキル適性多重化現象――坂上仮説」


 当の本人は、そんな騒動を知らず。

 今日もダンジョンで岩を割りながら呟く。


 「最近、通りすがりのドローンが多いな……勇者を観測する新たな魔法生物か?」


 その頃。

 星宮ルナの配信チャンネルでは、再生数がとんでもないことになっていた。

 新しい切り抜き動画がアップされる。


『勇者、全スキルを操る。もはやMMOのバランス崩壊』

『攻撃から回復まで、たった一人で全部やってみた【本人は真剣】』

『これが40歳の勇者おじさんの生き様だ!』


コメント欄

「笑ってたのに最後ちょっと泣いた」

「この人の“誰も見てないのに全力”が刺さる」

「俺もあんなふうに、何かを信じて続けたい」


 やがて、ルナ自身もその映像を見返していた。

 画面の中で、黙々と戦う男。

 表情には誇りがあり、悲しみがあり、そして――希望があった。


 「……この人、誰なんだろう。

  本当に“勇者”って職業を、信じてるんだ……」


 そして、彼女は決意する。

 「もう一度……会いたい。」


 その言葉が、次の物語の扉を開く。


坂上真一――。

彼の“全系統万能”という異常な才能は、まだその一端しか知られていない。

だが、世界はすでに気づき始めていた。


勇者は、まだこの時代にいるのだ、と。

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