第3話 勇者、バレ始める
「……おい、これマジか?」
ダンジョン配信サイト《ストリーム・ダイブ》のコメント欄は、まるで爆発したように荒れていた。
映っているのは──巨大な岩トカゲを、片手剣で斬り飛ばしたおっさん。
「いま魔法使ったよな? いやでも剣だぞ!?」「支援バフのエフェクト見えたけどパーティいねぇじゃん!?」「てかあの兜、伝説級じゃね?」
そう。
画面の中では、“勇者の兜”をかぶったおっさんが、ひとりで戦っていた。
剣を振るえば、炎が走る。
拳を突き出せば、風がうねる。
モンスターの突進を受けながらも、すぐに自分の腕を回復魔法で治して、また前線に戻る。
そして味方もいないのに、自分自身に**
「筋力上昇……俊敏強化……精神耐性……完了!」
誰に聞かせるでもなく、淡々と唱えながら。
おっさんの背には、無数のダンジョンで磨かれた年月がにじんでいた。
──本来、これはありえない。
この世界では、人間の魂は“ひとつの系統”しか扱えない。
戦士系なら剣技。魔術師系なら魔法。
回復や支援を使えるのは、特別な訓練を受けた僧侶や賢者だけ。
それを、全部ひとりでやるなんて──
「おっさん、何者だよ……?」
「いや、これチートどころの話じゃねぇだろ……」
「待って、あの動き。旧作RPG《ブレイブ・クロニクル》の“勇者コンボ”じゃね?」
コメント欄が沸騰する。
だが当の本人はというと──
「ふぅ……よし、モンスター退治完了っと」
おっさんは息を吐き、あっさりと剣を納めた。
肩を回しながら、ぼそっと呟く。
「今日も……ひとり討伐。ふふっ、なんだか昔のゲームみたいだな」
照れくさそうに笑いながら、誰もいないダンジョンの奥で、小さくガッツポーズを取る。
その姿を、世界中の視聴者が見ていた。
◇
翌日。
掲示板のトップニュースには、こう書かれていた。
【速報】ダンジョン配信で“勇者”を名乗る男が出現
一人で攻撃・魔法・回復・支援を行う前代未聞の戦闘。
専門家「理論上、不可能。だが映像は本物だ」
SNSには「#勇者おじさん」「#現代に勇者」「#40歳勇者」といったタグが並ぶ。
中でも再生数を伸ばしていたのは、少女を助けたあの場面だった。
『俺は──勇者だ!』
堂々とそう名乗り、光に包まれながらモンスターを斬るその姿。
あまりにベタで、あまりに古臭くて、
けれど見た人の胸に、妙な熱を残した。
「……あの人、ほんとに“勇者”だったのかも」
「いやいや、ただのコスプレおじさんだろ……でも、かっこよかったな」
◇
一方そのころ──本人はダンジョンの片隅で、
ラーメンをすすっていた。
「ふう……今日も平和だ」
焚き火の前で、インスタント麺を食べながら。
小さな魔法陣でお湯を沸かし、
支援スキルで自分の体温を調整し、
眠る前に回復魔法で筋肉痛を癒やす。
完璧すぎる独り暮らし。
だが、静寂の中でふと、彼の胸に小さな痛みが走る。
「……そういえば、俺。仲間、いないんだよな」
勇者に憧れ、3歳で木の棒を振り、
10歳で初めてスライムを倒し、
20歳で誰にも見られずダンジョン最下層に到達。
30歳を過ぎても、“魔王”は現れなかった。
「それでも……俺は、勇者になりたかったんだ」
焚き火の明かりが、彼の横顔を照らす。
その瞳にはまだ、少年の頃の光が残っていた。
そして──この瞬間、世界はまだ知らない。
この40歳のおっさんが、現代最強の勇者であることを。
40歳のおっさんは勇者になりたい ―配信が世界を救う時代に、ひとりの夢が蘇る― @knight-one
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