第3話 勇者、バレ始める

「……おい、これマジか?」

 ダンジョン配信サイト《ストリーム・ダイブ》のコメント欄は、まるで爆発したように荒れていた。

 映っているのは──巨大な岩トカゲを、片手剣で斬り飛ばしたおっさん。


「いま魔法使ったよな? いやでも剣だぞ!?」「支援バフのエフェクト見えたけどパーティいねぇじゃん!?」「てかあの兜、伝説級じゃね?」


 そう。

 画面の中では、“勇者の兜”をかぶったおっさんが、ひとりで戦っていた。

 剣を振るえば、炎が走る。

 拳を突き出せば、風がうねる。

 モンスターの突進を受けながらも、すぐに自分の腕を回復魔法で治して、また前線に戻る。

 そして味方もいないのに、自分自身に**支援魔法ブレイブ・ソウル**を唱える。


「筋力上昇……俊敏強化……精神耐性……完了!」

 誰に聞かせるでもなく、淡々と唱えながら。

 おっさんの背には、無数のダンジョンで磨かれた年月がにじんでいた。


 ──本来、これはありえない。

 この世界では、人間の魂は“ひとつの系統”しか扱えない。

 戦士系なら剣技。魔術師系なら魔法。

 回復や支援を使えるのは、特別な訓練を受けた僧侶や賢者だけ。

 それを、全部ひとりでやるなんて──


「おっさん、何者だよ……?」

「いや、これチートどころの話じゃねぇだろ……」

「待って、あの動き。旧作RPG《ブレイブ・クロニクル》の“勇者コンボ”じゃね?」


 コメント欄が沸騰する。

 だが当の本人はというと──


「ふぅ……よし、モンスター退治完了っと」

 おっさんは息を吐き、あっさりと剣を納めた。

 肩を回しながら、ぼそっと呟く。


「今日も……ひとり討伐。ふふっ、なんだか昔のゲームみたいだな」

 照れくさそうに笑いながら、誰もいないダンジョンの奥で、小さくガッツポーズを取る。


 その姿を、世界中の視聴者が見ていた。



 翌日。

 掲示板のトップニュースには、こう書かれていた。


【速報】ダンジョン配信で“勇者”を名乗る男が出現

一人で攻撃・魔法・回復・支援を行う前代未聞の戦闘。

専門家「理論上、不可能。だが映像は本物だ」


 SNSには「#勇者おじさん」「#現代に勇者」「#40歳勇者」といったタグが並ぶ。

 中でも再生数を伸ばしていたのは、少女を助けたあの場面だった。


『俺は──勇者だ!』


 堂々とそう名乗り、光に包まれながらモンスターを斬るその姿。

 あまりにベタで、あまりに古臭くて、

 けれど見た人の胸に、妙な熱を残した。


「……あの人、ほんとに“勇者”だったのかも」

「いやいや、ただのコスプレおじさんだろ……でも、かっこよかったな」



 一方そのころ──本人はダンジョンの片隅で、

 ラーメンをすすっていた。


「ふう……今日も平和だ」

 焚き火の前で、インスタント麺を食べながら。

 小さな魔法陣でお湯を沸かし、

 支援スキルで自分の体温を調整し、

 眠る前に回復魔法で筋肉痛を癒やす。


 完璧すぎる独り暮らし。


 だが、静寂の中でふと、彼の胸に小さな痛みが走る。

「……そういえば、俺。仲間、いないんだよな」


 勇者に憧れ、3歳で木の棒を振り、

 10歳で初めてスライムを倒し、

 20歳で誰にも見られずダンジョン最下層に到達。

 30歳を過ぎても、“魔王”は現れなかった。


「それでも……俺は、勇者になりたかったんだ」


 焚き火の明かりが、彼の横顔を照らす。

 その瞳にはまだ、少年の頃の光が残っていた。


 そして──この瞬間、世界はまだ知らない。

 この40歳のおっさんが、現代最強の勇者であることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

40歳のおっさんは勇者になりたい ―配信が世界を救う時代に、ひとりの夢が蘇る― @knight-one

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ