40歳のおっさんは勇者になりたい ―配信が世界を救う時代に、ひとりの夢が蘇る―
@knight-one
第1話 勇者、誰にも知られず
――静寂。
風のない洞窟。湿った岩壁の奥で、金属の音が一人だけ響いていた。
「はあっ……! はあっ……! この程度の傷、勇者なら耐える!」
坂上真一、四十歳。
額から流れる汗をぬぐい、折れかけた剣を構える。
前方には、六本腕のオーガ。背丈は三メートルを超え、咆哮だけで岩を砕く。
だが――彼は怯まない。
両足を踏みしめ、剣に力を込めた。
「筋力強化――《ブースト》! 防御上昇――《シールドアップ》! 自己回復――《ヒール》! そして……全力斬りッ!!」
金色の光が一閃した。
次の瞬間、オーガの巨体が二つに割れ、崩れ落ちる。
……だが、誰も見ていない。
観客はいない。仲間もいない。
ただ、洞窟の奥で、四十歳のおっさんがひとり叫んでいるだけだった。
「ふう……ふっ。今日も、勇者としての修行は順調だな」
そう呟き、腰の革袋からポーションを取り出して飲む。
苦い。だが、慣れていた。
――この男には、仲間がいない。
そもそも、この世界には「魔王」も「世界の危機」も存在しない。
ダンジョンは、国家によって管理され、冒険者たちはスポンサーをつけて潜る“ビジネス”になっていた。
だが坂上真一は、そんな世の流れに背を向けていた。
「勇者というのはな、誰かを救う存在だ……! スポンサーのために戦うなんて、勇者の風上にも置けん!」
誰に聞かせるわけでもない独り言が、虚しく洞窟に反響する。
――彼の頭の中には、いつだって“あのゲーム”があった。
幼いころ夢中になった、ドット絵のファンタジーRPG。
“勇者”という職業に、全てを捧げた人生。
だが現実には、倒す魔王はいなかった。
彼が救うべき「誰か」も、いなかった。
ただ、少年の夢の続きを、四十歳になっても追い続けているだけ。
孤独で、滑稽で、それでも――どこか、眩しい。
「……はは。俺も、もう四十か」
壁にもたれ、古びた兜を見つめる。
中古ショップで買った「ゲームの限定レプリカ」。
もう塗装は剥げ、ボロボロだ。
それでも、彼にとっては“聖なる兜”だった。
「これをかぶると、少しだけ勇者になれた気がしたんだよな……」
そのときだった。
――悲鳴が、聞こえた。
「きゃああああっ!! 誰か助けてぇっ!!」
反射的に立ち上がる。
その声の主は、前方の通路から。
聞こえるのは金属の破片と、爆発音。そして……女の子の声。
「この気配……モンスターだ!」
迷わず駆け出す。
通路を抜けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
金色の髪をした少女が、無数の炎のトカゲに囲まれている。
周囲にはカメラドローンが飛び回り、赤い録画ランプが点滅していた。
「た、助けて……! お願い、誰か!」
その瞬間、坂上は兜をかぶった。
それはもう、反射的な行動だった。
“誰かを救う”。
それが――勇者の使命だから。
「待っていろ、少女よ!」
光の魔法が爆ぜ、風が吹き荒れる。
剣が閃き、モンスターが一瞬で沈む。
そして、煙の中から現れた男が叫んだ。
「安心しろ! 俺は……勇者だ!!」
少女が呆然と見上げた。
ドローンのカメラが、その姿を鮮明に捉えていた。
視聴者はまだ気づかない。
彼が誰なのか、どこから現れたのかも知らない。
ただ、画面の向こうで、ひとりの男が光を放っていた。
> コメント欄
> 「何あの人!? 本物の勇者!?」
> 「特撮? 演出? いや……本気だ!」
> 「やばい、泣きそうなんだが」
そして、男は少女に手を差し出した。
「立てるか? 傷は浅い。……大丈夫だ、勇者が来た。」
カメラは、その瞬間も逃さなかった。
配信のコメントは一気に流れ始める。
> 「誰だこのおっさん!!!」
> 「勇者!? まじで!? なにこの展開!!」
> 「こんな動き信じられん!」
やがて光が収まり、男はそっと少女のもとを離れた。
誰も、彼の名を知らない。
ただ――この瞬間、世界は“勇者”の存在を再び思い出した。
そして彼自身もまた、胸の奥で静かに呟く。
「俺は……勇者になりたかっただけなんだ。」
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