第一章:ニューゲームという名の幕開け
「神子様、おはようございます……!」
朝の礼拝堂。
豪奢なステンドグラスから差し込む光が、白と金の衣装を着た“俺”を浮き彫りにする。
祭壇に座る俺の前で、信者たちはひれ伏し、誰もが「救い」だの「恵み」だのと、昨日と同じ感謝を口にする。
うんざりする。
……こいつらは、俺のどこを見てそう言うんだろうな。
【神の御子】
これは俺のことを指す。そう呼ばれて、もう十年以上が経つ。
だけど俺自身は、そんなもの一度もありがたいと思ったことがない。
「ご神託」とか「恩寵」とか言って持ち上げてくるけど、全部、親父と母親が立ち上げたこの教団の台本だ。
小さい頃から“奇跡の子”としてメディアに持ち上げられ、信者どもに囲まれて、思春期は「偶像」として磨き上げられた。
外面は完璧な美青年、立ち居振る舞いも型通り。
“神子”用の衣装も、毎朝スタッフが手入れして、皺ひとつ許されない。
だが、鏡に映る俺の目の奥には、いつだって冷めきった色しか残らなかった。
俺は「神の力」なんて持ってねえ。ただの洞察力だ。
他人の顔色や仕草、口の動き。声の震え。
そういう細かいサインを読み取るだけで、相手が何を欲しがっているか、何を恐れているか、何となくわかる。
親父も母親も、それが「恩寵」だと言ったけど、俺はただ、他人の欲望や欺瞞が見えすぎるだけだと思ってる。
それに、そんな高度なことしなくても、求められるものは大体似たようなもんだ。
「神子様、どうか……息子が大学に受かるよう、お祈りを……」
「夫が浮気をしています。あの女が消えれば、うちはまた幸せに……」
「借金で苦しいんです。どうか、奇跡を……」
俺の前に並ぶ信者どもは、みんな他力本願の塊。
「神にすがれば人生が好転する」と、本気で思い込んでる。
俺が「きっとあなたは救われます」とでも言えば、目の色を変えて「やっぱり神子様は本物だ!」なんて騒ぎ出す。
ああ、くだらねえ。
どうせ、お前らの“悩み”なんて全部、努力をサボったツケだろうが。
神子様に人生のリセットボタンでも押してもらえるとでも思ってるのか?
現実から逃げて、誰かに全部“無かったこと”にしてもらいたいだけの虫けらども。
この役目に従うフリをして、心のどこかで何度も、全部ぶち壊したい衝動に駆られる。
だけど、それすら許されない。
親の遺した教団も、今の信者の数も、“神子”という肩書も──もう、後戻りできる場所なんてどこにもない。
今日も、白々しい微笑みを浮かべて、「あなたの努力は必ず報われる」とか、「あなたの苦しみは、きっと神が見ている」とか、適当なことを言い続ける。
目の前の老女が泣き出して、手を取り、額を擦り寄せてくる。
ああ、まただ。
この女も、あの男も、誰も彼も、“救い”だの“希望”だのと俺の口から出る音に酔ってるだけだ。
本当にくだらねえ。
俺がもし、ただの人間だったら、こんな連中の前で「救いの顔」を貼りつけて生きていくことはなかったはずだ。
だが、神子である以上、俺は今日も“恩寵”を配り続けるしかない。
「神子様、今日もどうか……」
「ええ、安心なさい。あなたの願いは、きっと届きます」
また一人、また一人と祈りを終えた信者が去っていく。
祭壇の奥で、一人きりになったとき、俺はぼそりと呟いた。
「……つまんねえ人生だよ、本当に」
誰にも聞こえない声で、今日もまた、“偶像”は皮肉な笑みを浮かべていた。
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