第二章:経験値とドロップがまずいやつら
今日も朝から同じことの繰り返しだ。
俺は「神子様」と呼ばれ、信者たちに囲まれている。
場所はいつもの面談室。分厚いカーテン越しに差し込む光の中で、白と金の衣装が嫌でも目立つ。
部屋には淡い香の線香、壁には教団の経典の一節が額縁で飾られている。
全て「本物っぽさ」を演出するための舞台装置だ。
ノートパソコンを前に、俺はスケジュールを確認する。
一人目:主婦。
「神子様、夫が最近冷たくて……浮気してるかもしれません」
俺は表情一つ変えず、カウンセラーのマニュアル通りに「あなたは愛されています。必ずや夫婦仲は元通りに」と穏やかな声で伝える。
内心じゃ「勝手に疑って勝手に神に頼るなよ、そもそもお前は家計簿もまともにつけてねえだろ」と毒づいている。
二人目:中年サラリーマン。
「もう三年も昇進できなくて……部下にも舐められて……」
俺は「神子様のご加護があれば、必ずや仕事運は開けます」と微笑む。
「こいつ、ただ能力がねえだけじゃねえか。自分の努力が足りないのを“運”のせいにすんなよ」と思いながら。
三人目:宝くじの話をする老人。
「当たるでしょうか、神子様。今度こそ大金を手に……」
俺は「あなたには必ず幸福が訪れます」と“選ばれた信者”らしい言葉を投げる。
もうここまでくると全てが滑稽だ。
自分の人生が上手くいかないのを“神のせい”にして、都合の良い人生の道筋があると信じて疑わない虫けらども。
何人もの信者が、俺に「どうにかしてくれ」と縋る。
浮気、仕事、金、健康、家庭。
どいつもこいつも、“自分”の不幸を外側に理由を求めているだけ。
努力も反省もなしに、「神子様、お願いします」「神子様の言葉で救われました」だと?
馬鹿馬鹿しい。
心の中じゃ毎回同じだ。
『お前らみたいなクズどもに、人生やり直す資格なんてねえよ』
それでも、俺は「お前は選ばれている」「次の人生できっと報われる」と、“救い”の言葉を並べる。
演技も板についたもんだ。
表情筋ひとつ動かさず、信者が欲しい“台詞”を適当に与える。
信者たちは「奇跡だ」「さすが神子様」と感激して、金や品を差し出していく。
本当に欲しいのは金でも品でもない。俺の中には、いつもどうしようもない虚しさだけが残る。
~~~
神託という名のカウンセリングの合間、スタッフが飲み物を差し入れに来る。
「お疲れ様です、神子様」
「ご苦労さん」
俺は形だけ笑顔を返す。内心はもう、今日も一日が早く終わってほしいとしか思っていない。
スケジュールの最後に「自由枠」とだけ記された時間。
どうせまた、どこかの馬鹿が“神子様”に縋りつきにくるんだろう。
そのたびに俺は、心の中で舌打ちしながら、また一人、また一人と「救い」をばらまいていく。
昼休み、祭壇の奥で一人きりになったとき、ポケットの奥でピアスを指でなぞる。
これは、たった一つ、俺が「偶像」を演じる世界への反抗だ。
だが、どれだけ小さな反抗を積み重ねても、今日もまた。
「神子様、どうかお導きを……」
祭壇の奥、遠くから誰かの声がする。
深いため息を一つ。俺はまた、白々しい仮面をかぶり直して立ち上がる。
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