努力しない虫けらを救う俺が、リセットしたいと願う狂信者に絡まれるだけのお話

狂う!

第零章:[リセット]

『カミサマのいない天国』


リセットボタン。それは、安っぽいプラスチックの塊。

だが、幼い彼女にとっては“神様”だった。



コントローラーを握り、画面に熱中する。


しかし操作を誤り、配管工の主人公が溶岩に落ちて、BGMが一瞬だけ消える。



[リセット]



桃色の星の戦士が、ブラックホールに吸い込まれて負ける。



[リセット]



おにぎり状態でドラゴンの炎攻撃を食らい、情けなくやられる。



[リセット]



すべてがなかったことになる。セーブデータごと消して、最初からやり直す。

そうすれば、今度こそ勝てる。

今度こそ、“間違いのない人生”が始まる。そう信じていた。



~~~



現実は違った。彼女の部屋には、ゲームのようなリセットボタンはなかった。

叩きつけられる声と手のひら。

ガチャ、と玄関が閉まる音。父親の怒鳴り声、時に投げられる皿や瓶。


連帯保証人の書類を差し出しながら、母親は泣き喚く。

家の壁には穴があき、カレンダーには返済期限の日付がいくつも赤ペンで囲われていた。


彼女は、そんな時もいつも思った「リセットボタンさえあれば」。


何もかも消してしまいたい。

壊れた家も、焼け跡の残る右腕も、夜の静寂の中で、こっそり泣いた自分のことも。



小学校の帰り道、友達が話していた。


「ゲーム、バグったらリセットすれば治るよな」


彼女はうなずいた。だけど【現実のバグは直らない】。



だから、せめてゲームの中だけは、間違ったらすぐにやり直した。

時々、画面越しのキャラクターたちが羨ましくてたまらなかった。

彼らはどれだけ失敗しても、また“最初”からやり直せる。


自分には、そのチャンスすら与えられない。



誰もいない夜の廊下、母親のすすり泣きが壁越しに聞こえる。

彼女は小さな手で包帯を巻き直し、コントローラーを握る。

ゲームオーバーの文字が画面に浮かぶたび、「ああ、これが現実だったら」と思う。

壊れてしまったデータみたいに、全部消えてしまえたら。



彼女が“神”に救いを求めるようになったのは、それから少し後のことだった。

だが、教会の薄暗い天井を見上げても、何も変わらなかった。

神父は同情の言葉をかけてくれたが、彼女の現実を[リセット]してはくれなかった。



そんな中、“新しい神”の話を耳にした。

都会の片隅で「人生をやり直せる」と囁かれるその教団は、金や地位を求める大人たちで溢れていた。


でも、彼女にはそんなもの必要なかった。

ただ、“最初から”やり直せる“何か”


そのたった一つの「チートコード」を探し続けていた。



まだ名もない少女は、安っぽいリセットボタンを指で撫でながら、今日も画面の向こうに逃げ道を探している。

現実がどれだけバグっても、人生にはリセットボタンはない。

それでも、どこかに「押せる誰か」がいると、心のどこかで信じている。



明かりの消えた部屋で、もう一度、親指がカチ、とプラスチックの感触を確かめた。



[リセット][リセット][リセット]



──そして、まだ見ぬ“新しいゲーム”の開始を、息をひそめて待っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る