終章
……ではなかった。むしろこれからが本番だった。
カインの尋問と目覚めたアレックさんからの聞き取りによる裏取り、そして報告書作りなどが私を待ち受けていた。
私は今、タイプライターを打つ手を少し止める。
「ありがとう。」
同僚のメルからドーナツの差し入れをもらった。
「うん、おいしい。これどこのドーナツ?」
フワフワながらもかかった砂糖のサクサク感がとても美味しかった。
「これはPAS TAS って店のやつ。ここから歩いて行けるところにあるよ。」メルは今日にでも一緒に行く?と誘ってきた。
「ごめんね。これだけひと段落させたいし、ワングさんとちょっと行かなくちゃいけないところがあって。」
「デートかぁ。あんなイケてるな上司と。素直に羨ましいわ。」
「残業代が出て、裁判が控えたホシに一緒に会いに行くのがデートっていうのなら羨ましがっていいわよ。」
メルは口笛を吹きながらどこかへ消えてった。
私はコーヒーを注ぎに給湯室に向かった。
「あれ?ワングさんがこっちに来るの珍しいですね。」
いつもはここに来ることがないワングさんが居た。
「ちょっと甘いものが食いたくなってな。」そういうワングさんの手にはクッキーがあった。
「資料作りは順調か?」
「はい。後で確認お願いできますか?」
ワングさんはコーヒー片手に、クッキーを片手に「はいはい。」とうなずく。
「それより……そろそろ行くか?俺のほうもあれが完成したし。」
「えっ、早いですね。」ワングさんが言っていたものがもう完成したと聞いて驚く。
「こんなん簡単だよ。俺よりもこういうことが得意な奴を知ってるし。」
そんな人がいたとしたら世の中はもっと便利になってるだろうに。とは思ったが口には出さない。
「それじゃ、車出すから表に出てきてくれ。」
「ありがとうございます。」
私は入れたばかりのコーヒーを飲み干して書類を鍵付きの引き出しに入れる。
上着を着てカバンを持つ。
「そんじゃ、拘留所まで上司とデートに行ってくるわね。」書類を前にうんうんうなっているメルに皮肉を吐き捨てる。
メルは中指を立てた手をこっちに向けながら書類とにらめっこを続けていた。
私のデスクがある建物から出て、別棟の建物に回廊を使って渡る。
そうして大通りのほうへと出れる。
大通りに出るとワングさんはもうすでに車に乗り込んでいた。
煙草に火をつけるところだったのか、私を視認して口にくわえている煙草を箱に戻した。
「早く乗れ。」
私が乗り込むとワングさんはすぐにサイドブレーキを下ろして車を発進させた。
「この前乗った車とおんなじ車なんですか?」心地いい風を感じながら私は尋ねる。
ワングさんは笑う。
ワングさん曰くこの車は前に乗せてもらった車と変わりはないらしい。ただ、ルーフ部分が可動式になっていて、ボタン一つでオープンルーフができるらしい。
いままでいろんな車を見たことがある私でも見たことがない車である。
「そもそも、こんな車を2台も持てるほど金持ってないからね。」
この人、服などからわかる通り結構お金持ってるはずだけど。
ほんとにそこまでお金を持っていないのか、この車がとてつもなく高いのか。
なんとなく後者な気がしてきた。
車を走らせているとレンガ造りの塀が高く積み上げられている施設が見えた。
その長い長い塀の横を長く走り続けてようやく塀の中への入り口を見つけた。
入り口には武装した守衛の人がいた。
ワングさんが車を守衛の横に止めて窓を下げる。
守衛の人がワングさんのことを認識すると頭を下げてすぐに私たちを中に通そうとするが、ワングさんはそれを拒否した。
「規則には従うさ。従うべきだ。組織はそうあって成り立つんだ。」とワングさんが守衛の人へ言い聞かせていた。
「相手がだれであっても手続きは省くべきじゃないよ。もし、そうしようって人がいたならば俺に電話でもよこしてくれ。」
「はい、すみません。」守衛の人はしゅんとしてしまう。
「そんじゃ、手続きを一からしてくれるかい?」
「はい!」
そんなワングさんの一幕があって、私たちは塀の中の建物の中にまで入った。
受付の人に訪問理由を伝える。
「では、こちらを左に行った先の通路の横に面会室があるので、そこでお待ちください。」
「「ありがとうございます。」」
私たちは言われたとおりに受付の先の通路の横の面会室で面会相手を待つこととした。
面会室には椅子とテーブル、テーブルの上は曇ったガラス張りになっていた。
別に確認などしないが、テーブルの下も虫一匹入り込めないように向こうと隔絶されているはずだ。
そして椅子一つ一つ分に仕切りが設けられ、おそらく向こう側とつながる電話がおいてあった。
しばらく待っていると刑務官に連れられて男が私の座っている椅子の前にガラス越しに座った。
「やぁ、どうした刑事さんたち?」被害者が目を覚ましたために、裁判での有罪判決は確実なのに会いに来たのが不思議なんだろう。
「今日は君に知らせがあってだな。いい知らせともっといい知らせだ。どっちから聞きたい?」ワングさんが問いかける。
「どっちでもいいさ。」拘留中の被疑者が応える。
「そうか。じゃあ、まずはいい知らせから。お前が死刑や無期懲役になることはない。また、今回俺が目撃した殺人未遂については見なかったこととする。」お人よしのアレックがそう望んだからな。と付け加える。
私も横でうなずく。
「それだけでも十分にいい知らせなんですが。これ以上にいい知らせが待っていると思うと緊張しますね。」全くの無表情で被疑者は言う。
「それじゃ、更にいい知らせ。これなーんだ?」ワングさんがあるモノを取り出して見せる。
「なんだ。それは。」
「よーく見て。」ガラスに近づけてよく見せる。
「まさか、アレの原動機 か?あの若者が部品を分けてくれたのか?」 男は目を見開く。
「いいや、アレックさんの音楽機材はそのままですよ。これは既存の部品を組み合わせて組んだものです。」私は答える。
実はこの機構はワングさんが組んだものだ。
それも30分とかからずに。
「いったいどうやった。」被疑者は目を見開いたまま顔をガラスに近づけてくる。
「簡単だよ。チョチョイのチョイ。そこら辺のギア販売店で部品を数個勝って組み合わせるだけ。」
「できるわけないだろ。それができないからこそ俺はここにいるんだ。」声に怒気をはらませながら言ってくる。
「できるんだから仕方ないじゃない。お前が才能ないんだよ。」そういうと、被疑者はへなへなと椅子にへたり込んだ。
そうして私とワングさんは椅子から立つ。
部屋の出口の扉を開けてから言う。「あ、そうだ、これはライカさんに装着しておきますね。」
被疑者は顔を勢いよく上げた。
「ライカさんのためにも更生しろよ。」ワングさんが言葉を吐き捨てるように言って扉を閉める。
「じゃあ、次はここから少し遠い病院にでもドライブでも行こうか。」
数日後
私のデスクまで手紙が届いていた。
内容はこうだ。
―
拝啓 エリカ様
このたびは、本当にありがとうございました。あの事件のこと、いま思い出しても胸がざわつきます。
あなたがいなければ、彼も、私も、どうなっていたか分かりません。感謝してもしきれません。
彼は、ようやく目を覚ましました。言葉を交わすこともできて……あの、勇気を出して、気持ちを伝えることもできました。
どうにか、少しでも恩を返せたらと思うのですが、何をすればいいか分からず、こうして筆をとりました。
季節の変わり目です。どうかお身体を大切に。
敬具 アンナ・サルマン
-
頑張って手紙を書いたんだろうなと思い、心が温まる。
初めて持った事件をしっかりと解決できてよかったと心の底から思わせられる。
私は手紙を引き出しの一番上の段に入れて、タイプライタ―と向き合った。
――とあるクラブ――
男がバーテンダーにハンドサインをしてから金をカウンターに出す。
バーテンダーは素早く金をカウンター下にしまい込んだ。
そして本が成人男性の握りこぶしほどの小さな紙袋を男に渡す。
男は紙袋の中身を確認するとそそくさとクラブから離れた。
男は家で紙袋から一つ取り出した。
それは炎の形が刻まれた錠剤だった。
男はそれを机において砕いた。
男はそれを鼻から吸い込む。
男に装着されている機械生体義肢の一部が緑から色を変え、紫になり光りを強める。
男はいてもたってもいられず家から出た。
 ̄ ̄ ̄ ̄
最初の殺人者カインと、ワングとエリカが持つ最初の事件の犯人でかけました。
カインには不審な点があるように、伏線も散らばめてみました。
上手くいったかな?
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