社内の空気が悪いところにそろそろワングもエリカも耐え切れなくなりそうな時、丁度車は目的地に着いた。


 カルエラ警察病院。今回担当する事件に巻き込まれた被害者が現在入院している病院だ。


 この病院は犯罪に巻き込まれた者や警察関係者などが入院している病院であり、今回の事件の被害者もこの病院に入院している。


 病院内はアルコールなどの薬品の強いにおいが充満していた。


 ワングは受付に向かい、エリカもそれに従ってくる。


 「先日発生した強盗傷害の被害者、アレック・ヴェンクスの病室は何号室ですか?」ワングが受付のおじさんに尋ねる。


 「Mr.キャスドル・ワングですね。お話は伺っています。3階の315号室になります。医者の方もすぐそちらに向かわせますね。」


 「どうも、ありがとう。」


 ワングとエリカは受付すぐ近くの昇降機に乗り込み、三のボタンを押し、扉を閉じるボタンも押す。


 昇降機は最新のものを取り入れているために、動き出しても揺れやきしむ音はかなり抑えられていた。


 鉄のにおいと歯車のわずかな軋みが充満する昇降機。ワングは計器を確認しながら次の行動を考える。


 一方エリカは昇降機の真鍮製の歯車を撫でながら「こんなに噛み合うなんてうちにあったどんな名画よりもよっぽど綺麗。」などと考えていた。


 独特なベルの音共にエレベータの扉は開く。

 不気味ささえ感じさせるほど真っ白な廊下を言葉一つ放たずに二人は歩いた。


 ワングとエリカは315号室のカーテンを開け、患者と対面する。


 「結局のところ、誰にやられたんだ?犯人の望みが何だったのかわかるか?」対面して早々にワングがアレックに語り掛ける。


 「その方は、運び込まれてから一度も目を覚まされていませんよ。」と音もなくエリカの後ろに立っていた白衣の男がアレックを見ながら言う。


 「知っているさ。」ワングは男の方を振り返りもせずに言う。


 「今回の患者さんは、頭前方への打撲が意識喪失の大きな原因だと考えられます。体には少しの打撲傷、そして脊中にも打撲傷が見られたことから、何者かと揉み合いになり、後ろに倒れられて、頭を打ったのかと思われますね。」分析資料等をワングに渡して報告する。


 白衣の男はさらに続ける。「アレックさんが運び込まれたときはギリギリだったんですが、何とか持ちこたえ、峠は越えましたね。」


 「さすがお前だな。」ワングが白衣の男の方をやっと向き、言う。


 そしてワングは鼻をふんと鳴らして病室を後にする。


 エリカもワングに続こうと病室のカーテンに手をかけたところで、白衣の男がエリカに話しかける。「よく勘違いされますが、ワングさんは悪い方ではないんですよ?むしろ人のことをすごく気にかけていて繊細で真面目で良い方なんですよ?ほんとですよ?もし、ワングさんのことで気になったら、私を訪ねてきてくださいね。」胡散臭い笑顔を浮かべて、白衣の男は言った。


 エリカは頭を軽く下げ、何も言わずに病室から出た。


エリカが来た道を戻り車にたどり着いたとき、ワングは車にもたれかかって煙草を吸っていた。


エリカが来たことを見つけたワングは煙草をポケット灰皿に入れてエリカに「おせぇぞ。」と口を開く。


「……すみません。」エリカは渋々謝ったが、病院の周辺で煙草を吸うこんな人のどこが繊細で真面目でいい人なのか。と考えた。


「現場に行く前に昼食を摂るぞ。」病院から車を出し、しばらくした後にワングが言った。


ワングの言葉にエリカはうなずいた。


ワングは車をまた少し走らせた。


しばらくした後にワングは車を現場近くの公園の入り口近くの反対車線に駐車させた。


ワングとエリカは横断歩道を渡って公園の入り口側に向かう。


そこには屋台群があった。


昼食を求める人と客を呼び込む屋台の人の声。それに様々な料理の匂いなどでとても活気があるように感じられた。


ワングとエリカは少し歩き回っていくつかの食べ物を買って、車のそばのベンチに座って食べることにした。


ワングが買ったのはケバブサンド。ふわふわもちもちのピタパンにこれでもかとケバブとレタスと玉ねぎ、ピクルスが入れられた上にスパイシーなソースをかけてもらったものだ。ワングは口の周りが汚れるのもあまり気にせずに大口を開けてケバブサンドにかぶりつく。


エリカが買ったのはジャンバラヤ。木の器にごろごろと入ったサイコロステーキにパラパラのライスとパプリカ。それと付け合わせのレモンとレタス。全てが完璧に思えるこの料理を使い捨ての木の先割れスプーンを使って上品に、だが素早く口に運ぶ。


2人は無言のまま食べ終わる。


「食べ終わったなら、その容器貰うぞ?」先に食べ終わっていたエリカが食べ終わったのを見計らってワングが声をかける。


「では……すみませんがお願いします。」


「そんじゃ、車の中で待っててくれ。」


ワングはエリカから食べ終わった後の容器を受け取り屋台の人へ返して来た。


それからワングはまた車に乗り込んで車を走らせた。


車の中では、現場に着くまで二人は無言だったが昼食を食べたせいかさっきよりも空気は息苦しくはなかった。


「ここからは歩きだな。」またしばらく車を走らせた後にワングは車の速度を下げて赤いレンガ造りの駐車場に入る。


ワングは近くの駐車券を吐き出す歯車機関器から駐車券をひったくって車のポケットに入れた。


それから車を駐車スペースに停めて二人は車から降りた。


車から降りたエリカは深く息を吸い込み、吐き出す。


ワングは車の中は息が詰まるよな。他人(ひと)の車の中ならなおさら。等と思うが、何も言わずに駐車場から出る。


エリカはそんな無言のワングの後をついていく。


そして二人は駐車場のある大通りから延びる上り坂の細い道に入る。  


地域住民しか通らないような細い坂道だがレンガ作りの家に挟まれていて、トマトをたくさん使った家庭料理の匂いがするこの通りがワングは嫌いではなかった。


歯車と歯車の噛み合う低い駆動音は大通りのものとは異なり微かに唸っていた。


だが、この後の捜査のことを思い浮かべるとまた眉間にしわが寄るのであった。


 細い坂道の通りをそのまま進んだ途中に件のフラット(アパート)があった。


 「ここだな。」ワングは真正面の玄関からフラットに入った。


 「先にここの大家に話を聞く。」ワングについてきていたエリカに向かって声をかける。


ワングはアパートの共有部分、一階の小さなロビーのすぐ横にある部屋の扉をドアノッカーで音を鳴らす。


狭い廊下に木をたたく音が響く。


すぐに木の扉が鈍い音を立てながら開いた。


「どなたですか?」怪訝な顔を浮かべた、目の下に大きなクマがある痩せた男が出て来た。


「警察です。先日起きた、アレック・ヴェンクスさんへの暴行事件について調べているんですが、お話お聞かせ願えますか?」ワングはコートを少しよけて腰の歯車を見せながら言う。

男は顔を正した。


「あぁ。あの人の…かわいそうなもんだよね。何でも聞きな。」男は扉を開けて扉の前に出て来た。


「では…アレックさんがどのようなお仕事をしていたのかご存じですか?」


「確か……音楽関係の仕事をしていたみたいだけど……少し待ってくれ。」男はそう言ってまた扉の向こう側へと消えた。


男はチラシ一枚をもって眼鏡をかけて出て来た。


そして男は眉間にしわを寄せながらチラシに書いてあることを読む。


「えぇっと~、これだな。毎週金曜にはMGO115がライブを!あの人はこのバンドというのをやっていたみたいだな。」男がチラシをワングに寄こす。


そのチラシのMGO115と書かれたところには、他の人と一緒にアレックが確かに載っていた。


「このチラシ、もらっても?」ワングが男に聞く。


「どうぞ。俺は忙しかったからなかなか行けなくてな。」


「そうですか。確か、通報者はアレックさんの隣の部屋の方でしたよね?あなたは上の階の騒ぎに気付かなかったのですか?」


「あぁ。ちょっと外に出ててな。」


「わかりました。すみません長々とありがとうございます。では、アレックさんの部屋の鍵をお借りしても?」


「あぁ、そうだな。また待ってくれるか?」男はそういいながら、また扉を閉めて扉の向こう側へと行った。


また少ししてから扉を開けて扉の前に立つ。


「これだな。部屋はここの丁度上の205号室だ。それと、部屋の中はかなり散らかっていたから気を付けて入りなよ。」大家である男はカギをワングに渡す。


「ご忠告ありがとうございます。」ワングと共にエリカも頭を下げた。


ワングとエリカは金属の薄い頼りなくすら思える階段を上り、205号室の前に立つ。


手袋を付け、管理人からもらったカギを差し込み、回した。


「こりゃ、なかなかだな。」様々な現場を見て来たワングでもこう言ってしまうほどの惨状が205号室の中にはあった。


棚の中のレコードや本や小さな置物、衣服もクローゼットから引きずり出されたのだろうとわかる形ですべて床に散らばっていた。


ベッドは横に倒され、キッチンの周りには上の棚から落ちたのだろう食器が割れたまま散乱していた。


「ふむ……」ワングは目に焼き付けるように現場を凝視する。


「エリカ、人に聞き込みをする前にこうやって現場を見ておくことが大切なんだ。」と言う。


更に、「鑑識には怒られるかもしれないがな。」と少し笑いながら付け足す。


エリカは、「はい。わかりました。」と真剣な顔でうなずきながらメモを取る。


パッと見では物取りの仕業に思えるが、扉にこじ開けられたような痕跡はない。


窓も割られたようではないことから顔なじみの犯行だろうとワングはエリカに伝える。


「そんじゃ、現場の検証は鑑識の人に任せて俺らは聞き込みに行こうか。」


 「はい。」エリカは頷いた。


 ワングとエリカはまず206号室から聞き込みをしに行くことにした。


 ドアをノックする。


 ……再びドアをノックする。


 しかし、返事はない。


「留守のようだな。今日の夕方にでもまた来てみるか。」


ワングとエリカは今度は204号室の前に立った。


ワングは、また木の音を二階の廊下に響かせた。


そして、今度は扉が開いた。


 「どなたですか?」黒を基調としたメイクの若い女が出て来た。


 「警察です。お隣の205号室のアレックさんの事件の件で話をお聞かせ願えますか?」


 「あぁ、横のあの人……。」


 「何かトラブルを抱えられていたなどお聞きしませんでした?」


「さぁ?私は他人にあまり興味が無いからか、うわさ話も聞いたことがないわ。今日、掲示板を見るまではそんな事件があったとも知らなかったくらいだから。」ワングは現代に生きる若者ではそういった人も少なくない、とあまり気にしなかった。


 「そうなんですね。事件当時、昨日の夕方ごろなんですが、何か物音を聞いたりはしませんでしたか。」


 「昨日夕方は、友達の家に行っていたから知らない。」


 「差支えが無ければ、その友達の連絡先もお伺いしてもよろしいですか?」


 ワングの言葉に204号室の女は顔をしかめる「え、何?私が犯人だと思われてんの?」


 そんな女の反応にエリカは少し動揺し、ワングの顔と女の顔を交互に見る。


一方ワングは落ち着き払っていた。


「いえ、これは疑いを晴らすためのもので、皆さんに聞いてるんですよ。お役所仕事だと思ってくれてもかまわないです。」女の目をしっかり見て言う。


ワングの言葉に女は一応の納得を見せて怒りを収めてくれ、その連絡先も控えさせてもらった。


「では、何か思い出したことがあれば、こちらまでお願いします。」ワングはコートの右内ポケットから名刺を取り出して女に渡す。


「では、失礼します。」そう言ってワングは頭を下げて扉を閉める。エリカもいつものごとく追従する。


「お前も気になることがあったら質問してもいいんだぞ。」扉が閉まり切ったとともにワングは聞き込みで全然しゃべらないエリカに言う。


「はい。気を付けます。」エリカは固い口調で返す。


「硬すぎねぇか。もう柔軟に行こうぜ。」


「わかりました。」エリカは固い口調を維持したまま返す。


こういう真面目で頑固な奴から死んでいくんだよな、とワングはかつて相棒だった者のことを思い出した。


「さて……それじゃ、他の部屋の人たちに聞き込みをきばって行こうか。」水筒の中のコーヒーを一口飲んで、気合を入れたワングが言った。


ワングとエリカがこのマンションの住民から聞き込みをしてみて、アレックは他の住民とあまり関わり合いがなかった。ということが分かった。


「あまりにも人とのかかわりがなさすぎません?」他の全ての部屋の聞き込みを終えたエリカが言う。


「今の若者では珍しくない話さ。」


「私は若いですが、そんなことないですがね。」エリカは若い人と一括りにされたことに反応するが、ワングは冷静に「そうか。君は違うのかもな。」と返した。


そんなワングにエリカは口を開こうとしたが、目の端で206号室に人が入っていこうとするのを見つけた。


「あっ、ワングさん、206号室の方が帰られたみたいです。」郵便受けに刺さっていた新聞がなくなっていることに気付いたエリカが言う。


「わかった。ありがとう聞き込みをしに行こう。」


今度こそは有用な情報を聞ける子も知れないかもと、二人とも少し早歩きになって206号室の前に立つ。


ワングがドアを鳴らす。


ドアの向こう側ではドタバタした音が聞こえたのちに、ドアの向こう側から「誰ですか。」と声がかけられた。


「警察です。先日横の部屋である205号室で起こった事件についてお話を伺えないですか?」ワングがドアの向こう側にも伝わるように少し声を大きくしていった。


「本当に警察だというなら、ギアバッチを見せてください。」まだいぶかしむ声でドアの向こう側から声がかけられる。


ワングはコートに付けている、警察であるという証明となるバッジを扉の向こう側にいる人物に見えるように上げて見せた。


それで納得してもらえたのか「今開けます。」と扉の向こう側から声がした。


錠を外す音がして扉が開く。


「すみません。昨日横であんなことがあったので、警戒していて。」赤毛の、体がややふくよかな中年の女性が扉から体を覗かせた。


「大丈夫ですよ。あなたのその行動は正解ですから。」ワングはまるで子供をほめるかのように女性に言う。


「では、警察だとわかってもらえたと思うので、事件のことについてお話をお聞かせ願えますか。」早速ワングは切り出す。


女性は首を縦に振る。


ワングはエリカの方を向いてエリカは手帳とペンを構えているのを確認した後に口を開く。


「では、事件当時どのように過ごされていましたか?」


「昨日の夕方あたりですよね?」ワングは頷く。


「昨日の夕方あたりは、この家の中にいました。それで……今思い返せば事件が起こっていたころだったんでしょうけど、かなり大きな物音がしていたので、また管理人さんに解決してもらおうかと思って、下の階まで行ったんですけど、いなかったから、直接言いに行こうと思ってたら、倒れてるアレックさんを見つけてしまったって感じです。」一息つく暇もなく女性は言った。


ワングは、大家なのに管理人的なこともやっているのか。と感嘆した。


「以前にも205号室のアレックさんは騒音トラブルがあったんですか?」ワングが聞く。


「えぇ。あのひとって確か音楽関係の仕事をしているじゃない?だから夜でもそういう音が聞こえてきて、そのことで以前にも大家さんに言いに来てもらったことがあるのよね。」


「そうなんですね。他にアレックさんのトラブルなどはお聞きになったことはないですか?」


「そういう騒音トラブル以外は静かな人だったから、他には聞かなかったですね。」


「そうですか……では、他に気になったことや気づいたことなどありましたら、手紙を送るか直接署に来るなどして教えてくださいね。」ワングは柔らかな声色で言った。


女性は頷く。


ワングとエリカは「「ご協力ありがとうございます。」」と頭を下げて扉を閉めた。


「じゃあ、調査は今日はここまでにしようか。」エリカにワングは言う。


「わかりました。」


「最後に、大家さんに挨拶をしてから帰ろうか。」そう言って歩いて行くワングの後をエリカは「はい。」と返事をして付いて行く。


ワングは大家の部屋の前に立ち、ドアを叩く。

「はい。ちょっと待ってくださいね。」声が聞こえたのちに、扉は音を立てて開く。


「あぁ、あんたたちか。どうだった?手がかりみたいなものはあったのか?」


大家は腹から声を出したような声でワングたちに尋ねる。


「申し訳ないんですが、捜査状況は外部の方に教えるわけにはいかないんです。」ワングは少し腰を曲げて大家に言う。


「そうか。それなら仕方がないな。」


ワングの経験則からして、こういった大声の人は、ここでも食い下がるので、少し驚いた。


「えぇ。捜査へのご協力ありがとうございます。」ワングがいつもの常套句を言う。


「あぁ。君たちも頑張れよ。」


大家は扉を閉めようとする。


そこで、エリカは大声を出す。


「あっ。」


大家はびくりとして扉を閉める手が止まる。


「なんだ?どうした。」突然大声を出したエリカを咎めるかのようにワングはエリカの顔を覗き込んで聞く。


「いえ、すみません。」


ワングはエリカを更に注意しようとしたが、エリカの表情を見てやめた。


「大家さんに何か聞きたいことでもあるのか?」


「はい。」エリカは頷く。


「すみません。あと何点かお聞きしたいんですがよろしいですか?」ワングは大家の目をその奥底まで見透かすような目で見て言う。


「えぇ。なんでしょうか。」大家はうんざりしたような顔をして言う。


「いやぁ、すみませんねぇ。」ワングはエリカに目配せをする。


エリカは頷き、口を開いた。


「大家さん、あなたの部屋がさっきチラッと見えてしまったんですけど、機械生体義肢を製作されているんですか?」


大家は固くなっていた表情を少しだけ緩めた。


「なんだ。それのことか。勿論、許可証もあるよ。」大家はそう言って、今度は扉を開けたままにして書類を持ってきた。


「確かに、製作人はカイン・フェイン、とありますね。この、義体の譲渡先のライカ・フェインという方は?」ワングは早速手渡された書類に目を通して尋ねる。


「それは、俺の妻だ。」カインは少し眉間にしわを寄せる。


ワングは、思わず頭の中でカインの事情をシナリオで描いた。


「聞きたいことってのはそれだけか?」深いところまで踏み込んだからか、疑いをかけたからか、苛立ちが混じる声を出す。


「はい。大変失礼しました。」ワングは深々と頭を下げる。


「失礼しました。」エリカも頭を下げる。


カインは「フン」と鼻を鳴らして扉を閉めた。


扉が閉まると、ワングは駐車している車の方へと歩く。


エリカはそのワングの背中に話しかける。


「すみませんでした。」


ワングは振り返りもせずに言葉を返す。


「何を謝っているんだ。」


「それは、最後に余計なことまで聞いてしまったことです。」


ワングは足を止める。


そしてエリカの目を見つめる。


「必要ならどんなことでも聞け。それで相手が不快に思うならば精神誠意謝れ。ただ、聞かないっていうのは俺らの辞書にはないし、あってはいけない。わかったか?」


ワングの真剣な眼差しにエリカは背筋が自然と伸びた。


「はい!」


エリカとワングは車で一度警察署に戻る。


「メモと資料を纏めるなりなんなりして家に帰って休息を取れ。明日は忙しくなる予感がする。」署内に入るや否やワングはエリカに言って自らのデスクへと足早に去った。


エリカは浅くため息を吐いて自らのデスクへと歩いた。


これから報告書を作るのに備えてデスクにおいてある自らのマグカップを持ってブレイクルームまで行ってコーヒーを入れる。


「おつかれ。どうだった?あなたのボスは?」

エリカの横から声がかけられる。


「メル、そういうあなたのボスはどうだったの?」エリカの同僚への声は柔らかいものだ。


「私のボスはイケメンだったわね。」


エリカはため息をつく。


「私のボスは、なんか不愛想な人だったわ。まぁ、仕事をしに来ているんだから愛想よくてもよくなくてもなんでもいいんだけど。」


「エリカは真面目だねぇ。」


「当り前よ。ここには男を探しに来ているんじゃなくて仕事をしに来ているんだもの。」


「私は玉の輿も仕事のついでに狙うわよ?」メルはニヤッと笑う。


「あなたらしいわね……。」


「えぇ。だからいい感じの男がいたら教えてね。」


「はいはい。じゃあ、私は今日の調査の報告書をまとめるから、またね。」エリカはメルに背を向けてデスクに向き合う。


「またね。」


エリカは椅子に座って机と向き合い、タイプライタ―に紙をセットした。

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