朝、エリカと俺は地下鉄から地上に出た。

夜になるととてつもなく治安が悪いここでも朝はそうでもない。


「確か、このブルクストン通りを右に行った先のライブハウスでしたよね?」


エリカの問いに首を縦に振り、歩を進める。


4分ほどして歩みを止めた。


「あそこだな。」


目的の建物は入口の屋根部分が反球体になっている独特な形だった。


道路を2回横断し、少し進んでライブハウスを前にする。


「それじゃ、聞き込みに行くとしますか。」


俺の言葉に、エリカは頷いた。


もとより正面の扉は開かないことは聞いていたので、裏口の扉に手をかけ、開いた。


中では数人の人たちが動き回っていた。


閉鎖的な空間だからなのか、埃と木や塗料のにおいが入り混じった独特の香りが立ち込めていた。


一人の男が、裏口から入ってきた俺達に気づいて声をかけてくる。


「申し訳ないんだけど、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだ。ライブを見に来たのなら今日は午後4時からだからその時間からまた来てくれないか?」


「いや、俺たちは今回は客として来たんじゃないんだ。事件の捜査で来た警察なんだが、今日の出演者に話を聞かせてもらえないか?」俺はポリスギアを見せながら言う。


「警察の方でしたか……。ルーカスっ。お前、この人たちを今日の演者の控え室にまで案内してくれないか。」男の呼びかけとともに若い男が小走りで寄ってきた。


「わかりました。今から案内しますね。」


こっちです。とルーカスと呼ばれていた男は歩き出す。


俺とエリカもその男に追従する。


いくつかの扉を通り抜けた先の扉に俺たちは案内された。


扉の横にはMGO115様控え室と書かれた紙が貼られていた。


ルーカスと呼ばれていた男は扉をノックする。


「MGO115の皆さん、警察の方が何か尋ねたいことがあるとのことで、お連れしました。」


部屋の中にいた者たちは一気に狼狽えた。


「お前、ドラックやってたんか?」「俺はやってねぇよ。」等という元々この部屋にいた者たちの声で俺とエリカとルーカスと呼ばれていた男を合わせて6人いる部屋が一気にうるさくなった。


「少し静かにしてくれ。」


俺が声を少し張り上げていうと3人は静かになった。


「俺が今日聞きに来たのは、君たちがドラックを使っているとかそういうことを聞きに来たわけではない。君たちの仕事仲間のことだ。アレック・ヴェンクスというのは君たちの仕事仲間だろ?」3人を見回しながら聞く。


髪を肩まで伸ばした、いかにも最近の不良といった風の男が口を開く。「えぇ。アレックは俺たちのバンドのギターを担当しているメンバーで、昨日の練習から来てないっすね。」そのせいで今日の本番が危うい感じ。とも続けた。


確かに心底困っているというような表情を3人全員が浮かべる。


「そのアレックだが、事件に巻き込まれたんだ。このことを知ってるやつはいなかったのか?」


3人とも押し黙る。


「アレックは仕事仲間なんだろ?なのにそいつがいなくなってても何も気にしてなかったのか?」


「確かに、昨日はこのライブの最後のリハだったのに、あいつがいなくなっているというのはかなり気になったさ。けどな、誰もあいつの住んでる場所を知らなかったし、あいつも教えてくれはしなかったんだ。」さっきとおんなじ男が口を開く。


「そうか。あいつは今入院していて、意識がまだ戻っていない。このライブが終わってからでもいいから見舞いにでも行ってやれ。」


「そんな。アレックが。私、まだ、あの人に……。」3人の中の1人、女がいきなり涙を流しながらつぶやく。


ほかのメンバーはそんな女を支えたり、何か考え込んでいたりした。


俺はこいつらは事件については何も知らないとは思ったが3人各々に話を聞くことにした。


「それじゃ、1人ずつ話を聞いていくから1人ずつ部屋の中に入ってくれ。」


ルーカスに話すとここの空いてる部屋を1つ貸してくれた。


エリカと俺、机を挟んでその1人と話す、エリカはメモを取りつつ、という形で話を聞くことになった。


最初に話を聞くのは髪を肩まで伸ばしている男だ。


「まず、初めにお名前をお伺いしても?」


「ジョー・タイラーだ。」


「では、ジョー・タイラーさん、アレックさんとの関係は?」


「俺とあいつはバンド仲間であって、それ以上でも以下でもない関係です。」長髪男はこっちをしっかりと見据えながら言う。


俺はその目が心底気に入らなかった。


「なるほど、だからアレックが入院してても家も知らなくても仕方ないのか。」タイラーに思わず卑怯な言い方をしてしまう。


「ふん、警察の人ってそんな感じなんだな。」


こんなヤカラに無駄に時間を使いたくなかったため、「はい。」と流して次の質問をする。


「事件当日、二日前の夕方ごろは何をされていましたか?」


「クラブに行ってた。ここの通り沿いにある『Now Bee』って店だ。」


「わかりました。そちらの確認は後程させていただきます。」俺は店の名前をメモした。


何かほかにないか。とエリカに目で聞く。


エリカは首を横に振った。


「また、何かわかったことがあったら連絡ください。」メモをよこす。


長髪の気に食わない男はさっさと退出してもらう。


「次。」エリカに次の人を呼んできてもらう。


 ショートの髪型をした女が入ってきた。


 女が椅子に座る。


「よろしくお願いします。」


「よろしくお願いします。」女は目線を少し下気味にして言う。


「まず、名前からお願いします。」


「アンナ・ローレンスです。」


「では、アンナさん、あなたのアレックさんとの関係は?」


「それは……、大切な人です。」小さめの声ながらもよく通る声で言ってきた。


「つまり、どういう事でしょうか。ただのバンドメンバーというものではないんですか?」


「彼は私にとってはとても大切な人なんです。」


「アレックさんと交際をされているのですか?」


「いや、まだ交際の申し出すらできていない状態です。」


「なるほど。アレックさんはあなたのその気持ちは知らないのでしょうか。」


「えぇ。あの彼気は利くんですけど、人から好意を向けられるという事に対してはまずまず鈍いようで。」


よく聞いてみると、ファンなどから食事の誘いをされても「作り置きがあるから。」等といつも断っているらしい。


アンナは「そのおかげで他の人に一歩先に越されないでいるんですけどね。」と微笑む。


咳払いして、事件についての話を再開することにした。


「事件当時、あなたはどこにいました?」


「向こうにいる、バンドメンバーのメリーとバーで飲んでいました。」


「そうなんですね。その時あなたはどんな格好をしていましたか。」


俺の問いに対してアンナはカバンを漁り、写真を渡してきた。


「この写真は?」


「エリカと一緒に行ったバーは、ボトルをキープする時に、写真を撮ってどの人のボトルかを分かりやすくするために写真をそのボトルに張るんですけど、その時に映りが悪かったものをもらったんですよ。」


確かに、アンナが渡してきた写真はアンナと共に映っている女性が顔を横に向けていて、映りが悪い、と言える状態の写真だった。


「この写真は後程お返しするのでお借りしてもよろしいでしょうか。」


アンナから了承を得て、写真を手帳に挟み、しまい込む。


「ご協力ありがとうございます。何かあれば、私か彼女に連絡ください。」連絡先をメモした紙を渡す。


そうして、次に入ってきたのは、全体的に黒い、という印象を抱かせるメイクをした女性が入ってきた。


目の周りにも黒いメイク、唇も黒いメイクを施していた。


「メリーさんですね。」


メリーは頷く。


 「あなたとアレックさんとの関係性をお伺いさせていただいても?」


 「バンドのメンバーでありつつ、友達の片思いの相手ってところかしら。」


 「なるほど。あなたから見て、アレックさんってどんな方でした?」


それにメリーは不思議な人。と答えた。


「不思議とはどういうことです?」


 「あの人は、欲ってものがないんじゃないかって思うような人なんだよね。女からの誘いには全然乗らないし、食生活も一か月も同じようなもんを食うくらい変わってるし。それなのにとてつもなく高い機材を買ったりしてるからね。」


 「それは、音楽にかかわるものとしては普通なのではないのですか。」


 「いや、私たちの音楽のレベルからすると、あの人が買ったりしていた機材は身に余るもの、と言ってもいい位のものだったんだよねぇ。」


 値段的なものと、技術的なものをも併せて、身に合わないものだったとメリーは語る。


 「まぁ、あそこまで人付き合いが悪かったり、食生活も変わってるくらいだから、お金は余ってたんだろうけど。」メリーは少しあきれたように言う。


 「アレックさんは音楽機材のマニアだったってことですかね?」


 「多分そんな感じじゃないのかなぁ。」


 メリーは、その心をアンナにも向けてくれたらな。と呟いた。


 俺たち二人も苦笑いした。


 確かにアレックの部屋は(荒らされた状態のものしか見たことがないが)音楽の機材が大量でいかにもマニア(・・・)といった風の部屋であった。


 「それでは、あなたが知る限りアレックさんが襲われるようなこと、トラブルに心当たりはありませんでしたか?」


 「ない……いや、一人だけ。」


 これまで思い浮かべていたアレックの人物像が少し崩れるが、人間はどこでどんな恨みを買っているのかはわからないものだと考えなおす。


 「アンナってアレックにガチ恋じゃないですか。」


 ガチ恋が何を差しているのかわからなかった俺は隣のエリカに小声で助けを求めると、「本気で恋をしているってことです。」と教えてもらった。


 小声でエリカに礼を言う。


 「それで、アンナのアレックに対する態度ってかなりわかりやすいんですけど、それって、アンナにガチ恋な人からしたらキツイと思うんですよね。」


 なるほど。


 メリーは具体的に誰かを俺たちに言った。


 メリーが退出した部屋でエリカと話す。


 「あの人ですか……。」


 「納得では、あるな。」


 「マークはしておくか。要注意容疑者かな。」


 「本日はご協力ありがとうございました。それと……」アレックが入院している病院の住所をメモしてアンナ・ローレンスに渡す。


 アンナとメリーはお見舞いに行こうと相談をしだす。


 それじゃ、と言って俺はエリカを連れてライブハウスを離れた。


 「君はライブというものに行ったことはあるのか?」署へと車を走らせながら聞く。


 「無いですね。友達から誘われることもありますが、トラブルも少なからずあると聞いたので、断っています。」


 「それはどんなトラブルだ?」


 エリカが言うには薬物のトラブルが一番多いらしい。ライブなどだけではなく、クラブなども多いらしい。


 「最近はそういうのも少し減ってきたかと思ったがそういうところで広がってるのか。」


 いつまでも経っても、人間の歴史は薬物と共に歩んできたものだが。


 エリカと世間話と共に聞き取り中の気づきなどを共有しながら、署に戻った。


 署の扉を開けて俺のオフィスの扉を閉めると同時に俺の電話が音を鳴らす。


 受話器を取って耳に当てる。


内容としては、今回の事件被害者であるアレックの容体が安定しており、あと数日で目を覚ますということだった。


これで事件は解決か。


 俺はいままでの情報提供者に礼を言いに行くことにした。


 コートを着たままに車に乗り込み、レバーを倒して発進する。


 俺は見えた公園の入り口近くの反対車線に駐車させた。


 車を降りて少し歩いた先にある建物に向かった。


 一階の小さなロビーのすぐ横にある部屋の扉をドアノッカーで音を鳴らす。


 「こんにちは。この前お話を伺わせていただきました、ワングです。」


 「あぁ、こんばんは。お勤めご苦労様です。」目の下にクマを作った、先日より老けた気もする大家が出てきた。


 「こんばんは。この度は先の情報提供への感謝を、と。」来る途中で購入した菓子の袋を持ち上げて見せる。


 「これはご丁寧にどうも。」


 「いえ、それに事件も無事に解決できそうですし。」


 「そうなんですね。」


 「えぇ。被害者のアレックさんの容体が安定しましたので、もうすぐアレックさんが目を覚まされてから、になりそうですけどね。」


 「それはよかったです。アレック君には早く戻ってきてほしいですね。」


 「では、私はこの事件の報告書を書かなくてはいけないので。失礼。」


 頭を下げて扉を閉めた。


 次は上の階の人たちかな。


 アレックの隣、204号室に礼を言いに行く。


 ドアノッカーを鳴らすと若い女性が出てくる。


 「先日、お話をお伺いさせていただきました、ワングです。事件がもうすぐ解決しそうなのでお礼をさせていただこうかと。」菓子を差し出す。


 「そうですか。それはどうも。」


 「それでは。失礼します。」


アパートのほかの住民にも礼を言いに行く。


次は206号室だ。


ドアノッカーを鳴らす。


扉の向こう側から足音が聞こえてしばらくした後に扉が開く。


「あら、この前の警察の方ですね。今日はあの若いおねぇちゃんはいないのね。」


「えぇ。私だけでもとお礼参りをしているのですよ。これ、ほんの気持ちです。」アレックがもう回復して事件も解決しそうなことを説明した。


「ありがとう。後で食べさせてもらうわね。」


調査の際に話を聞かせてもらったアパートの人たちに菓子をばらまくのはもう終わった。


そのアパートを後に静かな家が立ち並ぶ下り坂を下る。


駐車場へついて懐から煙草を懐から取り出して金属製オイルライターで火をつけて煙を肺の中に入れる。


キーを車にさしてブレーキとクラッチを踏みながらキーを回してエンジンをかける。 

「次は、ライブハウスに礼を言いに行くか。」


 吸い終わった煙草をシガレットケースに入れた後にサイドブレーキを下ろしてアクセルペダルを踏み、クラッチを上げていく。


 そうしてクラッチを完全に上げ切ってギアをセカンドに入れる。

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