第34話:認識できる全ての神はこう言う、『お前は死ね』
それを聞き届ける者は、誰もいない。その瞬間までは。
ウォルフが額にかいた汗が一滴地面に向かって落ちる、だが地面にぶつかる直前――空間の全ては色褪せ、一切変化が無くなる。それは時間停止と呼ばれる奇跡の顕現。
あらゆる波動関数は収束し、無限の観測世界の意思は全てこの次元に集約された。
――輝き瞬くは計都に羅睺。それはあり得ざる現象の先触れ。
「悲しい存在だね君も。誰かの承認が欲しいのに、誰からも必要とされないのを自覚しているなんて」
耳元で声が囁かれた瞬間、ウォルフは即座に振り返り銃を向ける。
「やぁ、ウォルフ・スランジバック。会えて光栄だよ」
銃口との距離はおよそ十m。その先にいたのは一人の男だった。背丈は目測で一八〇センチ。端正な顔立ちに、洋装というよりは和装に近いデザインの白い服を纏っている。一際目を引くのは青い髪の上に生えた二本角。それはケルト神話に伝えられる神・ケルヌンノスを連想させた。
ぞくり、としたのはウォルフの肌が視線を感じたからだ。その目。劣情にも似た何かを湛えた灰色の瞳。愉悦と好奇の入り混じった眼差しと、下卑た笑みがウォルフの肌に突き刺さる。彼にはその存在が血に飢えた古代の邪神の様に思えた。
「君は、いい目をしているね」
瞬間、男はウォルフの鼻先にまで近付いていた。歩いた様子はなく、それはまるでフィルムがコマ落ちしたかの様に。男は既にウォルフの顎に右手を添え、その金色の瞳をまるで絵画を楽しむ様に見つめた。一瞬、ウォルフは何かが顎に当たる感触を味わう。少し経ってからそれが指輪である事が解った。
「人間世界の残酷さ、無情さ、憎しみ、妬み、嫉み、反吐、嗚咽、痛み。……それらを覚えて尚残る一欠けらの無垢さ。こうして目を見れば良く解るよ、歪んでいるが真っ直ぐな良い魂だ。いい、実にいいね」
反応出来なかった。……ウォルフの脳裏に死が過ぎった瞬間、気付くと顎から手は離れていた。彼我の位置もまるで時間を巻き戻したかの様に元に戻っていた。少年は右手をゆっくり上げ、まるで射手が狙いを定める様に人差し指でウォルフを指した。その様は何処か儀式めいて異様な雰囲気に満ちていた。そしてウォルフは“彼”の口癖を耳にする。
「“興が乗った”」
その妖しい笑みに対し、ウォルフは毅然とした態度で短く訊ねる。
「お前は?」
ウォルフにそう問われると、彼は向けていた右手を開いて名乗った。その指に嵌められた五本の指輪達を見せ付けるかの様に。
「――結社イスタルジャが首魁、ラー・イハルシャス」
誰もがその名を知っている。ラー・イハルシャス。それは彼が名乗った通り、イスタルジャの首魁として知られている。が、名前以外の事は知られておらず写真すら一枚も無い。彼について知られているのは、名前の由来と両手に十個の指輪を嵌めている事だけ。……目の前の右手、そして左手には色とりどりの宝石が輝く計十個の指輪が確かに嵌められている。
「おや、何だかリアクションが薄いね? まぁ確かにネットの想像図よりインパクトが薄いのは自覚しているけどさ。でも十個の指輪を嵌めた空飛ぶスパゲッティー・モンスターやニャルラトホテップのイラストよりは親しみやすいと思うんだけどね」
彼が何事も無かったかの様にそう言う中、ウォルフの中では幾つもの疑問が浮かび上がる。一体何時現れたのか、何故一人だけなのか、そもそも本当にこの存在が本当にイスタルジャのボスなのか、そして何故現れたのか。あらゆる疑問を押し殺し、彼はこう訊ねた。
「一体何の用だ?」
ラー・イハルシャスはにやりと笑う。
「いや、中々楽しい物を見せて貰ってね。思わず挨拶に来たんだ」
「……別に見せた覚えもないが?」
ウォルフのその皮肉を意に介さず、彼は堂々と会話を続けた。
「これは失礼したね」
ラー・イハルシャスは知っている。自分の様な存在がどうすれば人の心を一瞬で掴めるかを。
「しかし、君も大変だね。〈運命の証〉の記憶を覗いたら、まさかあんな事を言われるなんてさ。『これが正解だろ、ウォルフ』だなんて」
答えは一つ。たった一滴、対象だけしか知りえない真実を言葉の中に落とせば良い。……イハルシャスが語ったその台詞は、国境なき守護者上層部にすら報告していない事だった。ウォルフは途端に背筋が寒くなる。目の前の存在が、人の皮を被った得体の知れない何かに思えてならなかった。
「お前、……何故その事を知っている?」
「この目で見たのさ。このナヴァロンの戦いに纏わる因果の上流と下流をね。ところで、君ゲームに興味は無いかな?」
イハルシャスは自分の灰色の双眸を、右手の指二本で指す。
「ゲーム?」
「とても楽しいゲームだ。だが相手がいなくてね、ちょっと困ってるんだ」
ウォルフが何を言っていると、言おうとした矢先。まるで心を読んだかの様にイハルシャスが答えた。
「――時空の狭間に落ちたレオパルド・スランジバックを助けられるとしても?」
息を呑んだウォルフを見て、イハルシャスは笑いながら話を続ける。彼が左の手のひらをウォルフの前に差し出すと、仄かに青白い光が浮かび上がる。それはまるで渦の様に回転すると、やがてまるでトライバルタトゥーを彷彿とさせる緻密な幾何学模様が浮かび上がる。
「ルールは簡単。これを請け負った時、君はこの〈聖印〉を受け取る。これは因果を書き換える鍵であり、ボクの権能の一部をコピーしてある。……この〈聖印〉に定められた目標数まで遺跡を攻略して秘宝を入手する。すると、君はボクに対する挑戦権を得られる。そして、もしこのボクを打ち負かす事が出来れば――君の願いを何でも一つ叶えて上げよう」
一息置いて。
「まぁ、その為にはまずは再びウィラードと戦う事になるんだけどね」
ウォルフはその言葉をしばし心で計る。そしてイハルシャスの灰色の瞳を見た後、葉巻を咥え。
「何個か質問が有る」
「いいよ。何でも答えよう」
「一つ、何でも叶えられるなんて本気で言ってるのか?」
「最もだ。なら〈聖印〉のデモンストレーションがてら、お見せしよう」
イハルシャスが左手を握ると〈聖印〉は消えた。代わりに下ろしていた手を上げ、ウォルフの右手を指差すと彼の瞳と指輪の宝石が一瞬虹色に輝く。
「“ジャガーノート”」
それが皮切りであった。奇跡はそっと質量と熱を持つ。立ち眩みのような感覚を一度覚えると、彼はそれに気付いてしまう。赤いコートのポケットに隠した右手を出す。ウィラードに切り落とされたそれは、今まさに新たに生え始めている最中だった。光景はまるでビデオの巻き戻しかの様に。奇跡は骨を形成し肉を構築し神経を敷設し――そして新たな右手が誕生した。それ以外の失った部位も全て直っていた。
「この様に〈聖印〉には事象を改竄できる権能がある。これを使えばウィラードと対等の勝負が出来るだろう。……手に関しては気にしなくていい、サービスだよ」
「……二つ目だ、それをアンタが守るって証拠は?」
「人を動かすコツはまず報酬を用意する事とボクは心得ている」
そう言い終えた後、イハルシャスは聖職者の様に厳粛な表情を浮かべる。
「ボクの全身全霊全存在に賭けてそれだけは守ろう。無限に観測する“君”の隣人としてそれだけは誓おう。常世の歓喜を司る者として宣言する、――それだけはけして反故にはしない」
そしてイハルシャスの顔に元のにやけた笑みが戻る。下卑て醜悪でまるでヘドロの様な笑みが。
「同時に心したまえ、“君”よ。ボクはそれ以外なら何でもするぞ」
その言葉の意味を図りかねながらも、ウォルフはしばし睨む。
「三つ目。これをしてアンタに何の得がある?」
そこでイハルシャスは苦笑し。
「ボクの願いが叶えられる。ささやかな願いだ。イスタルジャが目指す目的などとは比べ物にならないくらいちっぽけで小さい、だがボクにとっては大事な欲望だよ」
イハルシャスはそっと自分の胸に手を置く。
「自分の人生を楽しむ事さ」
「人生を……楽しむ?」
「あぁ、そうさ。人は星に生れ落ちたからには自分の人生を楽しむ権利が有る。なら、幸福とは何で有るか。ボクは如何に自分の全力を尽くせるかという事であると思う」
イハルシャスは右の手の平で顔を覆う。
「ボクは自分の人生をそうやって楽しく過ごしたいし、周囲の皆にもそうやって楽しく過ごして欲しいと思っている。せっかく世界がこんなに面白おかしくなったんだ、今楽しまないのは絶対損だよ。しかしその為には、ボクは与えられた力が強過ぎる」
彼はそう言うと、顔から手を離す。そしてウォルフに向けて時の止まった周囲を差し示す。まるで手品師が自分の手品を観客に見せ付ける様に。
「凄い力だろう。これがあれば、やろうと思えば何だって出来る。万象は全てボクの思うがままだ」
「自慢か?」
「いいや、むしろ逆だよ。……人生が何故甘美なのかと言えば、自分が出来ない事を乗り越えるからさ。無念や挫折の無い人生なんて、アルコールの抜けた酒より価値が無い。言わば無念や挫折こそが、人生の度数を保ってくれるんだ。甘さと優雅なサディズムしかない人生なんてクソだ。誰かから与えられた力で自分よりも劣る者を義務的に駆除し、我が物顔して女を侍らせ安穏と暮らすなんて、ボクには耐えられない」
そしてラー・イハルシャスは愛用のパイプを取り出し口に咥える。
「ボクはそう、自分の全存在を賭けて戦う理由と敵が欲しいのさ。不幸な事に両方とも今まで巡り合った事がないがね」
「……貴様がイスタルジャのボスなら、これは自分の組織やウィラードを裏切る行為なんじゃないか?」
「あぁ、確かにボクはイスタルジャのボスだ。だが、君ウィラードの性格を知っているだろう? 彼はそんな事を惜しむ様な男じゃない。……それに」
一息置いて。
「――イスタルジャはボクの手足だ。どう使おうがボクの自由、そもそもこの程度の事でボクの手足が君達に負ける訳ないじゃないか?」
彼のその言葉には絶対の自信が込められていた。灰色の瞳は一切ぶれず、口元の笑みは張り付いたまま。しかし、ウォルフにはそれが初めてラー・イハルシャスという存在が人間の様に思えた瞬間だった。どうやらこの存在にも誇れる物があるらしい。
「四つ目だ。何故俺なんだ?」
「君だからこそ、だ」
「……何?」
「あの部屋に監視カメラが有ったろう? ウィラードと会話をした時に、君に興味を抱いてね。テルペに無理を言って見させてもらってたんだ。あぁ、あの質問をリクエストしたのはボクさ」
その金色の瞳が見開かれるのを見ながら、イハルシャスは熱っぽく話始める。
「君の拷問を見て解ったよ、君は人生の承認が欲しい男だ。そして本来の君にとっての闘いとは、自分が自分であるという叫びさ。レオパルド・スランジバックのクローンとして生まれた君は、その出生故にアイデンティティという物が極めて脆弱だ。その手もその目も、自分の物では無い。君が欲した物は君の手の中に収まった試しはなく、人生は何時も誰かに利用され続けていた。
……故に君は自分の人生という物に対し並々ならぬ執着が有る筈だ。君が一度目の死の直前に周囲に対して覚えた嫉妬や憎しみは、きっと生半可な物じゃないだろう。だが、君は最後にレオパルドに殉じた。自分の感情一切合財を押し込め、飽くまで理性と利益でウィラードに殺される事を選んだ」
イハルシャスはまるで熟練の精神科医の様にウォルフの心を暴いていく。そして一息置いて。
「君はね、闘争理由と相反する選択が出来る男なんだ。君という男は、人間性の種を芽吹かせて尚理性が生存本能を超越する事が出来る。友情と嫉妬の二律背反に苛まれて尚冷たい方程式を解く事が出来る点。リアリストな生存判断と両立する情熱的な命というリソースの度外視。崇拝や隷属とは一線を画する、そのマキャベリズムにも似た美しい精神構造。ドグマみたいな愛とはテルペも良く言った物だね、狂気ではなく教義と喩えるとは彼女らしい」
そして、彼は陶酔した表情を浮かべ。
「君はどこまでも正気な癖に、感情を濾過して公益だけ見据え、まさに狂気の様な事をやってのける。それこそがボクが君を選んだ最大の理由だ」
言葉は、まるで裁判の判決が下されるかの様に。
「誇り給え、ウォルフ・スランジバック。君は誰より特別だ。君の真価とはその極めて稀な精神構造に有る。……何処までも真面目な君なら、少なくともボクの敵にはなれる筈さ」
ウォルフはその言葉を聞きながら新しい葉巻を咥え、火を点けた。けして好みでは無かったが、それでも葉巻の煙は彼の心を少しは鎮める。
「……お前、何だ?」
「それが五つ目かい? 良いさ、何度でも答えよう」
イハルシャスは苦笑すると、パイプを懐に仕舞い、空いた両手を自分の胸に当てる。仕草は酷く芝居がかっていた。
「我が名はラー・イハルシャス。結社イスタルジャが首魁、民間軍事会社『C&Mインターナショナル』代表取締役、中東リザベーション化推進会議議長、MJ-12特別顧問、ビルダーバーク会議参加者、三百人委員会フィクション問題部門統括部長、シンクタンク『マンフレード・ニールセン財団』理事長、おまけにシーランド公国公爵」
一息置いて。
「後は享楽の探求家、現存する神代の残滓、死滅言語ベザル語の話者にして次元すら操る異能使い。リアル版Q連続体。……つまり、この世界に生まれたただの人間って事さ」
イハルシャスの言葉を真に受ける程、ウォルフは純粋無垢ではなかったが、よしんば掘り下げた所で目前の男は会話を煙に巻く事は目に見えている。彼はそれ以上突っ込むのを止め、気を取り直して最後の質問をした。
「良いだろう。最後は一番重要なヤツだ。これを請け負った時のリスクは? 悪いが職業病でね、上手い話には何か裏が有ると思うんだ」
「あぁ、勿論有るとも。でも大した事じゃない、些細な事だよ」
イハルシャスはウォルフに向けた笑みを絶やさず、言葉の響きはまるで何事もないかの様に言い放った。
「――君が死ぬだけだ」
何の事でも無い風に、イハルシャスはそう言う。そして空かさず言葉を紡いだ。
「君達はこの世界に生きる人間と明確に違う点が存在する。君達は変える事の出来ない業を抱いている点だ。ピノキオが人間になれないように、シンデレラが召使のままなように、そして君がレオパルドに勝てず殉ずる運命に有るように。君達はその業を克服する為行動し続ける存在だ。しかし、同時に通常の方法ではそれは叶えられない。それを何とかする為の力がナヴァロンの様な物――ヒッチコックの言うマクガフィンだ。秘宝を巡る戦いの本質は、即ち癒えない病を治す為の物なんだよ。だが、<聖印>は秘宝と反発する性質を持っていてね。<聖印>を所有した者が秘宝を持っても、秘宝は何の効果も与えず破壊する。――つまり、君はレオパルド・スランジバックを生き返らせる事を選ぶなら」
その言葉を、ウォルフは静かに受け止める。
「君は血反吐を吐き、どんなに痛みを堪えても、何も報われず惨めなままレオパルド・スランジバックに殉ずる運命にある。君は与えられた運命に抗う権利を失う。せき止められていた寿命と老化はたちまち牙を剥くだろう。そして最後には魂すら残さずこの世から消滅する」
イハルシャスは灰の瞳に喜悦を湛え、自分の右手を差し出した。
「それでも助けるというならば、この手を取ると良い。さぁ、ここがルビコン川だよシーザー! 君に憎悪と友情の分水嶺を用意した! この手を取ればその身の破滅、取らなければ人間世界の悲惨! 全ては君の思うがままだ……」
古代ローマの歴史家スエトニウスの『皇帝伝』からシーザーの言葉を引用しイハルシャスは語りかける。そして彼はこう言葉を結んだ。
「手をとりたまえ。そしたら君に人生を楽しませてやる」
それを見て、ウォルフは――
「ふ」
笑った。一度目はまるで苦笑する様に。それを発端にして、洪水の様に笑いがあふれ出す。彼の中で感情のダムが決壊し、押し込められた物全てが笑いの洪水に乗せられて流れ出していく。
「はは、あははははッ! は、はははははははははッ!」
この時彼は運命が自分に与えた皮肉が、どうしようもない程滑稽に思えた。何処まで行っても自分はあの男の重力圏に縛られるのだ。そう思うと最早笑いしか出なかった。しばらく経たない内に、ウォルフのそれは絶叫が入り混じる激しい物となる。
「一度決めた生き方は変えられない、何処に行ったとしても……そうか、やっぱりそうか」
そしてひとしきり笑った後、彼は吐き捨てる様にそう言った。
「あぁ、そうだな! お前だけはそうだって信じてた! お前だけは俺を見ててくれる! 信じていた、信じていたともさ!」
「何が君を見てくれてるんだい?」
絶叫と狂笑に身を任せるウォルフに、イハルシャスは訊ねた。赤いコートの袖で零れ落ちる涙を一筋拭い、彼は笑いを堪えつつ答える。
『ウォルフ。ごめん、アタイはお前しか頼れるヤツを知らないんだよ』
あの時のシスカの声と姿が、彼の頭でリフレインした後。
「――あぁ、死神だよ」
その言葉と同時に、……ウォルフはその指輪が嵌められた右手を取った。
「どうした、手を取ったぜ? 喜べよ、イハルシャス」
彼がそう言ったのは、イハルシャスが虚を突かれたような顔をしたからだ。手を取るとは確信していた。けれど、そこに迷いが生まれるとイハルシャスは思っていた。真実、彼はウォルフの心を九割は読んでいた。彼が読みきれなかったのはたった一割。イハルシャスの想像よりも深くウォルフの心は理性的だったのである。
「驚いたよ。君は迷わないんだね」
「俺に迷う事は許されない」
ウォルフ・スランジバックにとって、レオパルド・スランジバックとは、けして超えられない壁であり、果てしなく憎い敵であり。そして、命を賭けるに相応しい掛け替えの無い友であった。彼は知っている、皆がレオパルドの帰りを待っている事を。何より、彼は――
「――俺は正統派の海賊を目指しているんだ。友の為なら身を惜しまないのが海賊だ。その為の力を俺は求める。特等席で見ていろスエトニウス」
あるいは、最早それしか彼には縋る物が無かったのかもしれない。破滅を直視しても彼は汗一つかいていなかった。イハルシャスの手を握った手の甲が青白く光り、〈聖印〉とその結末はウォルフの中に静かに宿った。その様子を見てイハルシャスは満足げにこう言った。
「君が引き受けてくれて良かったよ。ボクの計算ではレオパルドが自然的に助かる所要時間はおよそ一万年、人為的に助けるのを選択した場合の所要時間は千年。それこそ奇跡でも起きない限り到底救える事など出来なかったんだ」
そこでウォルフの時が止まる。ナヴァロンの奥深くで一匹の怪物が産声を上げた瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます