第35話:ウォルフの遺言


 時は既に動き出している。イェサナド達は侵入してから今に至るまでの間、自分達を掃討しようとする部隊の追撃を凌いでいた。今はグラハムの結界と資材を集めて作ったバリケードの中で、必死に銃把を握っている。


《おい、聞こえるか?》


 その通信を拾ったのは、丁度イェサナドがバリケードの向こうへ手榴弾を投げた後だった。炸裂音の後、彼女は慌てて応える。


「ウォルフ! アンタ、今どこ!? そっちは無事!?」

《俺とノイ以外は全滅。一時捕まったが心配はいらない、ノイはさっき回収した。現在は第二研究室。そっちに引き渡したいから、現在位置を教えてくれ》

「私達は今の所、第二兵器庫の三階上で戦っている! 何とか本部と連絡つけて、五時半に第二兵器庫に回収便を寄こす事を申請した!」


 二人は同時に頭の中の地図を巡らせてから一言。


「近いわね」

《あぁ》

「こっちは後十五分粘る。第二兵器庫で落ち合いましょう」


 イェサナドのイコライザーが示す時刻は四時十五分だった。


《解った。死ぬなよ?》

「そっちもね」


 …………。


 イェサナドとの通信が切れた後、ウォルフはイコライザーを下げた。そして黒い板状のそれをコートのポケットへと仕舞いこむ。


「初めてにしては上手く行ったようだね」


 そのイコライザーは先ほど見張りを片付ける時に囮にして壊れていた物である。それが何故使える様になったのか。イスタルジャの通信妨害が何故無効化されたのか。全ての答えは、ウォルフの手の甲で光る〈聖印〉であった。


「それが〈聖印〉の効果。因果改竄さ。不都合な出来事を都合良く改竄し、自分に丁度良い結果に書き換える」


 ウォルフはノイが組み込まれた機械に手を置く。そしてもう一度〈聖印〉を発動させた。奇跡は即座に起こる。ノイに絡みつく幾つものコードは、糸が解ける様に離れていく。一切合財が取り除かれた後、ウォルフは彼女の身体を抱き寄せた。だらりと下がったノイの尻尾が、数度ウォルフの膝を叩いた。


「ただ使い過ぎには注意だ。〈聖印〉の奇跡は有限だ。消費ポイントは〈聖印〉に蓄積された物から算出される。使い過ぎれば残りは少なくなり、君の求めるレオパルドの復活は遠くなる」

「そしてポイントを補充するのは、壊すしかないと」


 ウォルフの〈聖印〉に残ったポイントは、【vleo42だfげm-39デゴカフトトト1312】である。……感覚では一〇〇%中二〇%弱。奇跡の消費は一回当たりが小さくても三%を消費する。


「イハルシャス、質問だ。……このまま行けば、俺がウィラードに勝てる確率は何%だ?」

「君が察している通りだ。ゼロだよ。アレを殺せる未来は、君の手には無いよ。今の所ね」


 ウォルフは〈聖印〉の宿った右手を灯りに照らす。手の甲には白く発光する複雑な紋様がタトゥーの様に刻まれていた。ウォルフは頭の中である事を考え付き、それを実行する事にした。


「すまないが席を外してくれ、イハルシャス。手品の種を仕込みたい」


 その言葉にイハルシャスはしばし考える素振りを見せた後。


「いいだろう。最高に面白い物を期待しているよ」


 イハルシャスの姿は霞がかって行き、一拍の後にこの空間から姿を消した。ウォルフは抱きかかえていたノイを起こさない様に床に置くと、〈聖印〉の奇跡を使った。空間の座標を合わせて力を流し込む。ウォルフは虚空に右手を差し出すと、手の形は何かを握る様に。途端、光が彼の手に集積し始める。やがて、それは銃の形を取っていく。

 ――それは銀河に伝わる伝説の銃。古代文明が作り出した究極のオーパーツ。精神感応縮退炉を搭載し、持ち手の精神エネルギーを糧として無限の出力を引き出す魔銃にして、何よりも伝説の宇宙海賊レオパルド・スランジバックの象徴。


「本当はもっと正攻法で手にしたかったんだが、……悪いがお前には聞かなきゃならん事がある。単行本にはあれの行方は描いてないからな」


 名は〈運命の証〉。かつて血眼になり追い求めた憧れは、今彼の手の中に有った。本来であれば、それは彼には扱えぬ代物である。この銃が認めた主は天地開闢以来、レオパルド・スランジバックただ一人のみ。ウォルフは〈運命の証〉に向け、そうぽつりと語りかける。


 〈聖印〉が一際眩い輝きを放つ。覚えたのは身体中の血液が沸騰する様な感覚。それは彼の中の。否、彼の因果自体が書き換わっていく感覚だ。……ラー・イハルシャスが彼の手を再生した事に着想を得た。座標と時間の定め方と、力の入れ方、物事の書き換え方。それさえ解れば〈聖印〉はどんな事象も改竄出来る。感覚を覚えるのは、三度もやれば十分だ。


 途端、ウォルフの身体には幾重にも苦痛の波が押し寄せる。それは自分の資質を改竄する代償だ。〈聖印〉のポイントの殆どをつぎ込み歴史の特異点を見定め、その事象を捻じ曲げる。ウィラードへの勝利に〈運命の証〉は必要不可欠である。……それに〈運命の証〉はもう一つ勝利に必要な要因を握っている。それを問いたださなくてはならない。


 因果の改竄と共にウォルフはその異能を使う。名はサイコ・ジャック。意思を持つ銃は、その力を持って彼の異能を逆に操り、自らの中へと引き込んだ……。


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