第23話:運命


 国境なき守護者にノイが戻った事は、三ヶ月もの間に凍えきったナヴァロン事変の状況を動かし始めた。最も大きな成果だったのは、ナヴァロンの位置と内部構造を特定出来た事だった。


 二〇二八年三月二十五日。ニューヨークの国連本部ビルにて、国際連合安全保障理事会決議三〇三一が採択される。これはテロ組織・イスタルジャへの制裁執行に関する物であり、これが採択された事により国境なき守護者は『第二次ナヴァロン攻略作戦』を速やかに決定した。


 それから二日後の三月二十七日。その日、第五ザバービアの一室でその会議は開かれていた。広さは約一九〇平方m、壁と机の色は白だが今は照明が落とされている為薄暗く、総計一七五席その全てが埋まっている。そして、黒いフレームの眼鏡をかけた白人の担当官が作戦参加メンバーの鋭い視線に晒されながら淡々と口を動かしていた。


「ナヴァロンの出典は元々スウェーデンのSF作家ユハ二・オクサネンが14年に発表した『剣と量子』に登場する〈ステーション〉でした」


 それぞれのイコライザーにはこちらに来た当初のまだ〈ステーション〉だった時のナヴァロンの画像がある。それは巨大な一つの球の上に、現代建築風にアレンジした古代ギリシャの遺跡が乗っかっている様な形をしていた。


「そして、これがウィラードが手に入れ変質した〈ステーション〉。暗号名『ナヴァロン』です」


 それは余りにも巨大な“門”だった。次元の狭間から覗かせる巨体の片鱗は、全長二百m、形状は率直に言えば球体の前方だ。表面には幾重にも亀裂が走っている様に見え、球の下部にはまるで獣の下顎の様に六個長方形のパーツが並んでいる。そして不規則な感覚で二十個程次元の狭間から砲門やハンガーが並び、それはまるで地上に星々を無理矢理降ろした様に見える。

 それが、ナヴァロンであった。


「〈ステーション〉はウィラードの世界観に沿って拡大と変容を重ね、今では内部の広さは推定千三百平方km。ほぼニューヨークと同じ面積を誇っています。基本的には要塞全体は実体化しておらず、要塞前方一部を中心にして平均二十個の砲門やハンガーを展開しています。現在ナヴァロンが位置するのは南緯三十九度四十八分、東経一四〇度四十五分。西オーストラリア付近の海域に、ナヴァロンが存在するとされています」


 彼がそう言うとリモコンを操作し、全席全てに該当海域のホログラフィックで出来た三次元地図=サンドテーブルが投影される。闇の中で仄かな青い光で出来た海は静かに凪いでいる。


「ご覧の通り、映像上はナヴァロンのナの字も有りませんが……」


 担当官がまた手元のリモコンを操作するとサンドテーブルの中に、その身を隠蔽する全てを剥がれたナヴァロンが追加された。


「これが現在把握出来る最も正確なナヴァロンの姿です。要塞は光学迷彩によって隠蔽され、つい最近まで発見する事が出来ませんでした。光学迷彩は〈ステーション〉だった時の名残でしょう。「剣と量子」でもその機能を有していた描写があると報告されています。……現在ナヴァロンは次元航行機能を停止しているものの防衛機能は健在です。球体やハンガーの表面はフォースフィールドによって守られており、その硬度は例え核でも突破は不可能でしょう。

 作戦は二〇二八年の四月九日午前〇時。ナヴァロン外部で攻撃を仕掛ける中、工作部隊が侵入。作戦目標時間は約三時間。内部で八班に分かれた騒ぎを起こし陽動の後、ナヴァロンの中央部に位置するメイン・ジェネレータに爆弾を設置し爆破。これによりこの要塞を高確率で無力化出来ます」


 説明を受けている一人が質問をする。


「こっちが投入する数は?」

「今の所、約四万を予定してます。作戦司令官はアメリカからアーノルド・リビングストン陸軍中将が。……今回の八割がたの戦力をナヴァロン外部の攻撃に当てるつもりです。潜入工作員の報告によればイスタルジャ側は、活動拠点の中東から兵力を召集。現在の時点で約三万の戦力がナヴァロンに集まっているそうです」 

「奴さんも本気って事か。……で攻めるのは良いが、どうやって忍び込むんだ? まさかドリルで穴でも掘るってか?」

「ナヴァロンへの侵入方法ですが、ノイ・アーチェを利用します。彼女の身体には現在ナヴァロンの因子が混じっています。これによりナヴァロンの操作がある程度可能です。彼女を使用してナヴァロンのフォースフィールドを無効化し、要塞の右下部の第八格納庫へと突入を予定しています。……もっとも遠隔操作は出来ない為、同行する事になりますが」

「ヤツらが最も欲しがってるモノを連れてか。ゾッとしねぇな」

「ですが、彼女がいなければナヴァロンには足を踏み入れられません。ましてやナヴァロンのメイン・ジェネレータールームに侵入など夢のまた夢です。召喚魔法やテレポート能力者による帰投も検討しましたが、向こうも相応の対応をしているでしょう。空間移動対策はこの時代の必須項目ですから。――作戦参加者の中の空間干渉系能力者には、会議終了後にピーター・ウィリアムズ氏の物を量産したテスラコイルを配布します。必ず紛失は避けて下さい」

「考えたヤツの正気を疑いたくなる作戦だな、おい。というか、ウチの御大将は帰ってきたんだろう? 直接ウィラードにぶつけるってのはどうなんだ?」


 御大将と呼ばれるのは、勿論レオパルドの事である。担当官の目は少しばかり細まり。


「確かにその手段も考えました。しかしウィラードとの対決は彼であっても多大なリスクが伴います。勿論、作戦にはレオパルド・スランジバックもまた参加しますが、今回の最高目標は飽くまでもナヴァロンの無力化です。それに今回この作戦決行の決め手となったのは、ウィラードは今回のノイ・アーチェの脱出により脳に深刻な負荷を負って昏睡状態に陥っている事にあります。確かにこの機に乗じて並行して彼の暗殺も考えましたが、現在ウィラードの周辺警備は強化されており、迂闊に手を出せばナヴァロン無力化という第一目標達成にすら支障を来たす事が予想されます」

「そうか。……後念の為に聞いとくが、ウィラードの件の裏は取れてるのか?」

「イスタルジャ医療班によるデータがナヴァロン内部に潜入した工作員のリーク情報に添付されていました。解析班は情報は真実であると報告しています」

「そいつがガセじゃない事を祈っているぜ」

「さて、皆さん。今回彼女を保護した事はチャンスです」


 担当官がリモコンを操作すると、モニターはある映像を映す。それは第三ザバービアの最後の瞬間であった。

 ウィラードの操作するナヴァロンは、第三ザバービアの前に突如現れる。遅れて数秒後、次元の狭間からナヴァロンの主砲が現れた。大きさは全長百五十m程。全体のデザインとしては〈運命の証〉を巨大部品でモンタージュした様な形をしている。それがナヴァロンの主砲である。主砲はその筒先に破滅を帯びた青い光を溜める。

 ――そして放出された熱量はメガデスを演算した。何もかもを粉砕し、分解し、焼却し、一切合財を灰燼と化して太平洋の水底へと沈める。ジェノサイドという言葉も生ぬるい、無機質な死の顕現。時間にして三分十五秒。それが動画の全てであり、第三ザバービアが壊滅するまでの所要時間であった。


「ナヴァロンは依然として地球上で最も危険なテロ組織の、最も危険な男の手に有ります。これは一刻も早く解決しなくてはならない問題ではないでしょうか」


 ……凍えた運命に、再び血が通い始める。

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