第7話:空と君のあいだに
記憶は過去の残像。彼女の中で、それは再生される。生々しく香るは鮮血の香り。黒い髪に白い肌、そして化生の様に赤い瞳。口ずさまれる鼻歌は狂気を伴って。
『痛い、痛い? どれ位痛い? ――あぁ、すっごく痛いわ! もっとしてあげる!』
『んふ♪ そんなワガママ言うお口はこう!』
『はい、とれちゃった……』
あるいは狂気と痛み。
『ピーター、こっちだ! 速く! ――もう大丈夫だぜ、お嬢さん』
『オレの名前はレオパルド・スランジバック、冴えない宇宙海賊さ』
あるいは救いの夢を見ながら、ノイはナヴァロンの中枢にいた。
次元航行システムを司る部位、誰一人足を踏み入る事の出来ない空間。大きさは約四〇平方m、天井まで高さは約二〇m程。その中央に一際巨大な柱が存在する。その柱の中に彼女は取り込まれていた。真ん中を繰り抜かれたそこに幾重にもケーブルやコードが巻き付いて、ノイはまるで帆船のフィギュアヘッドの様に拘束されている。目蓋は重く閉じられて意識は無い。……ナヴァロン以降、彼女はこの鉄の檻に取り込まれたままだった。本来であればナヴァロンがウィラードの物になった瞬間、ノイはナヴァロンへ跡形もなく取り込まれ同化していただろう。それを阻んだ理由は一つ。全長約四〇〇mmの〈それ〉が原因だ。
〈それ〉は己の主人からの命令を忠実に守った。身に蓄えた力を使って、ノイを取り込もうとする現象を必死で食い止めた。その結果がこの奇妙な共生状態である。しかし、力を使い果たした後は休眠状態に陥っていた。〈それ〉の眠りを醒ます者は誰もおらず、彼女もこの鋼の檻から出る事は無いだろう。
だが可能性が無い訳でも無い。そう、例えば――
〈それ〉の主と寸分違わぬ遺伝子コードを持ち、愛機である〈怪鳥号〉の電子装置すら誤認する程の男がこの世界にやって来たとしたら。〈怪鳥号〉の電子制御装置が、三ヶ月の時を経て解除されたとしたら。その事をきっかけにして、〈それ〉が男の存在を認識したとしたら。
可能性は、現実の物となるだろう。
――変化は静かに起こる。同化してナヴァロンに溶けきっていた彼女の四肢が再構成される。現象は蝶の羽化に似ていた。装備が、衣装が、小物が、ナヴァロンを材料にして再生されていく。更に新たに羽とパワードスーツの様な巨大な足甲を形成。……身体は何時もの白を基調とした物ではなく、赤と黒の禍々しい衣装に覆われ、その姿はさながら呪いをかけられた少女騎士の様だった。
やがて、彼女は取り込まれていた柱を壊し床の上に立つ。足甲の所為で身長は一九〇を優に超えていた。衣装が作り上げられ、床の上に立ち、続いてナヴァロンの部品は彼女の右手に集まる。装飾の施された金属製の柄が構成されると、彼女はそれを強く握り締めた。
そして、〈それ〉は最後に眠っていた彼女の本能を目醒めさせる。その比喩であるかの様に青の瞳が見開かれ、また柄からは一m程の緑色の光の刃が生まれる。
「……」
それは三ヶ月ぶりに彼女が自分の足で立った瞬間だった。そしてノイは行動を開始する。飛行しながら剣を振るい、彼女は外への道を作り始めたのだ。幾重もの壁が切断され、そして彼女が最後の一枚を切り開き――
青空がそこに有った。流れる風に茶色の髪と赤いリボンが揺れる。
「――」
だが、ノイはそのまま静かに飛行する。彼女の本能に囁く何かを辿りながら……。
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