第3話:ザ・マジックアワー


 晴天の下。訓練区画と呼ばれる甲板の上には沢山の人だかりが出来ている。勢力は二つに分割され、一触即発の状態だった。


「もう無理だ! 俺達はこんな所おさらばさせてもらうぜ! もう沢山だ!」

「よせ、私達の話を聞け!」

「何時ウィラード・クロックワークがナヴァロンを使ってこっちに来るか解らないんだ! お前等だって第三ザバービアの事は知ってるだろ!」

「それは……」


 そんな言い合いの中を割ってはいる影が一つ。


「あんたは――」


 赤いコートに黒い髪。その名の如く猫科の動物の様な金の瞳。口に咥えた葉巻はコイーバ、それらの記号は彼を彼足らしめる。即ち、伝説の宇宙海賊レオパルド・スランジバックその人と。彼が現れた瞬間、その場にいる誰もが固唾を呑んだ。言い争っていた当事者達ですらも。

 その静寂の中――


「二人共喧嘩を止めて! レオ子、二人が私の為に争ってる所なんて見たくない!」


 伝説の宇宙海賊と呼ばれる男は、オカマ口調でそう叫んだ。


「「気色悪い事を言うなおっさん!」」


 当然の事だがツッコミは双方から帰ってきた。


「おっさんなんて言うの止めて、レオ子まだハタチよ!」

「「嘘をつけ!!」」


 そんなやり取りを交わしていく内に人だかりから毒気が抜かれていくのを彼は感じ取る。後、もう少しと言った所かと彼は心中で測りダメ押しにかかる。


「でも、レオ子実は幸せ! 二人の男が自分を取り合うなんて、女冥利に尽きるわ! という訳で感謝のベ――」

「「やめろ気色悪い!」」


 言い争っていた二人に無理矢理抱きつくと、そのまま壁に押しのけられる。それがピークだった。人だかりの毒気は完全に消え失せ、静かに解散していく。数分後にその場に残っているのは彼一人だけだった。


「……まぁ、こんなモンか」


 これが彼の役割だった。ある理由から消息不明となった英雄、レオパルド・スランジバックの影武者。レオパルドの寸分違わぬクローンであるウォルフにしか出来ない演目。……呟きは瞬間突風の様に通り抜けた海風に攫われ、掻き消されていった。


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