第2話:非現実の王国で
再び一人になったウォルフは先程まで読んでいた本に目を向ける。形式は単行本。タテ十七.六センチ、ヨコ十一.三センチ。俗に言う所の少年・少女コミックスサイズ。表紙には目の覚める様なレタリングの日本語で『キャプテン・スランジバック 8』の文字が派手に躍り、その下には一人の男の姿が描かれていた。
年齢は二〇代の後半から三〇代の前半と言った所か。精悍な顔付き。身体には赤いコートを羽織り、右手には作中で〈運命の証〉と呼ばれる銃を。左手には同じく愛用してる伸縮自在の鞭を持っている、――つまりは今のウォルフとほぼ同じ。男の名前をウォルフは知っている。彼の名前はレオパルド・スランジバック、伝説の宇宙海賊と呼ばれ幾つもの二つ名を持つ男、ウォルフにとっての存在の根源であり宿敵であり戦友であった者。……そして、この『キャプテン・スランジバック』という物語の主人公だ。
「お前ならあの子に何て答えるんだ?」
表紙の男は何も答えない。……ウォルフは未だ自分の良く知る男が、この様に抽象化され漫画として描かれている感覚に慣れなかった。パラパラと本をめくると、そこには『運命の男、宿命の修羅』と名付けられたエピソードが収まっており、ウォルフ自身もそこに描かれている。シーンは丁度彼がレオパルドにサイコジャックと呼ぶ異能を込めた拳を喰らわせた時だ。
彼がどうして自分も描かれた漫画を手に取れているのか、それは奇しくも彼が次に放つ言葉が如実に表していた。
「しかし、まさか俺達が異世界で漫画になっているとは、夢にも思わなかったよなレオパルド」
それが、彼が自身も描かれている漫画を手に取れた理由だった。彼は元々この世界では架空のキャラクターとして存在してた男だ。二十一世紀を迎え今に至るまでの間、地球はテロや資源不足や民族紛争の他に新たな問題を抱えた。
それは量子力学的な奇跡により、それまで物語の中の存在だったキャラクターやアイテムが現実世界各所に出現するという物だった。
名前を『流入現象』。
ウォルフが巻き込まれたのがそれだった。大まかな物語の流れは同じだ。彼の記憶の通りである。だがその細部が少々異なっている。彼が経験した事とこの本で描かれている事は所々食い違っている箇所があり、それはまるで後世に書かれた自身の伝記を過去に死んだ偉人当人が読まされた様な気分を彼に与えた。
「ジョージ・ワシントンも切った覚えの無い桜の木の話を聞かされりゃ、こんな気分なのかね。地味に違うぞこれ」
そこでまた先程と同じくベルの様な着信音が鳴る。ウォルフもまたイコライザーを手に取り確認すると、それはザバービア総務部からの物だった。彼は一度イコライザーをタップすると電話に出る。
《すまない、ウォルフ・スランバック。大至急レオパルドに戻ってくれ、訓練区画で暴動の傾向が確認された》
「解った。直ぐ行く」
会話はそれだけで十分だった。ウォルフはイコライザーを切ると速やかに姿勢を正す。口に葉巻を咥え、ニッと浮かべた笑いは、間違いなくあの男が良く浮かべる笑い方。
「役者稼業が板に付いたな」
違う、こうじゃない。オレはこんな笑い方はしない。そう思い声のトーンを一段階上に、笑い方をもっと明るく修正する。
「今年のアカデミー賞主演男優賞もイタダキだ」
そう、こうだ。アイツならこの位の事は言うだろう。ふと思い出す。
『宇宙海賊忍法、変わり身の術!』
『テメェ! 憶えておきやがれ、レオパルド!』
『今度ラーメン奢ってやるよ、ウォルフ!』
思えば、幾度もこういう事が有った。
「……今回は俺の奢りにしといてやるよ、レオパルド」
口に咥えた葉巻に火を点ける。先程のノイの匂いとはまた違う甘い匂いを漂わし、赤いコートの裾を翻して、役者は舞台へと向かった。
「慣れんもんだな、葉巻の味は」
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