第4話:帰ってきたレオパルド
“――今から話すのはヤツの話だ。”
20××年のいつか、レオパルド・スランジバックの言葉より。
その日の太平洋は快晴。波は少なく、穏やかに凪いでいた。
ザバービア。……流入現象により入ってきたフィクション関連の人や物を集め、世間に混乱を与えないよう保護する場所。別名は人権付き核兵器保管所。第一から第八まで存在し、第五ザバービアは太平洋に浮かぶメガフロートだ。このいかなる地図には記載されず、GoogleEarthにも表示されない巨大な人工島は単なる軍事基地ではなく、病院や学校、また娯楽施設などのインフラも兼ね備えた都市としての面も兼ね備えている。
――二〇二八年三月二十三日の時刻は午前十一時、そこにウォルフは初めて足を踏み入れた。
「よう、ちょっと邪魔するぜ」
そこは第五ザバービアのドッグだった。鉄と油の匂いが辺り一面に立ち込め、機械の駆動音が響く。真正面には四mから五〇mまでの様々な形のロボットが並んでいた。左を見れば資材を運ぶツナギ姿の蜥蜴男が目の前を通り過ぎ、右を見れば現実世界の航空機F-35ライトニング2が搬入される。この奇妙な光景が、現在のこの世界の縮図と言えるだろう。
ウォルフがレオパルドの影武者となってから既に一週間程が経っていた。ザバービアの人間は彼がレオパルドである事を信じて疑わず、暖かく迎えてくれていた。彼がドッグの中を一歩ずつ進む度、誰かに声をかけられたり背中を叩かれたりする。それだけでウォルフは自分が成り済ましている男が、ここでもどれだけ慕われているかを思い知らされていた。
真紅のコートのポケットから、一枚のカードを出す。白字の紙に黒のゴシック体で『B‐07』と書かれたそこに、彼の求める物が有る。
カードと掛けられた看板の番号を見比べる。B‐04、B‐05、B‐06……。
「ここか」
そして彼はそれを見つけた。それは一隻の船だった。彼の世界の正式名称は高速宇宙船。色は銀。大きさは三〇m程であり、飛行機の様な翼は無く有るのは胴体だけ。上部は平べったいが、下部はまるで船の様に膨らんでいる。コクピットの存在する前方は丸みを帯びており、後方に行くに連れて徐々に細まり、後部のスラスター部分でまた膨らむ。
コクピットの窓は八画に分けられている。ボディに付いた傷や塗装が剥げた痕は、この機体の持ち主が潜り抜けてきた冒険の証。
船の名前は〈怪鳥号〉、持ち主の名はレオパルド・スランジバック。他ならぬ彼の愛機である〈怪鳥号〉は、ウォルフが最期に見た時そのままの姿でそこに有った。
「てっきり、埃まみれで置いてあると思ったんだがな」
彼の予想とは裏腹に、船体には埃一つ無かった。そして彼がそう呟いた直後。
「そなたが消えたその日から、整備を欠かした事は一度も無いそうだ」
「……アンタか、旦那」
振り向くとそこには黒い一本の剣が浮き、十代後半の青年が立っていた。剣は全長八〇センチ程の大剣で、分厚い両刃の刀身は抜かれたまま、柄には精緻な蔦の装飾が施されている。柄尻にはめられた赤い宝石からは青白いホログラムの様に壮年の男が投影されていた。彼の名前はアルベルト・フォン・グラハム。出典となったのは二〇〇九年に日本で発売された格闘ゲーム『エクストラヴガンツァシリーズ』である。彼は魂を力ある魔剣に移した元人間の魔術師であり、魔力を手足の様に扱いながら、他の魔術と組み合わせた格闘術で戦うというキャラクターである。そして何よりもレオパルドの戦友。
「慕われておるな、レオパルド」
そしてウォルフは金の瞳をグラハムの右に向ける。
「よぅ、兄弟! 調子はどうだい?」
「あぁ、悪くないさ。ピーター」
明るくそういう青年の身長一七八センチ。目線はウォルフと殆ど同じ。金色の髪に瞳は珍しい青紫。頭にはゴーグルをかけ、右腕には様々な機械――タブレットからニキシー管まで――のついた真鍮色の手甲で覆われ、腰には様々な機械を取り付けており十五cm程の箱の窓からは紫電が絶えず走っている。服装は典雅な装飾に満ちた蒼いローブと、群青のジーパン。何より目を引くのは黒地にサイケデリックな空間を旅する青い箱が描かれたカットソーだ。
彼の名前はピーター・レイ・ウィリアムズ。アメリカのTVドラマ『アメリカン・ウィザードテール』が出典であり、主演俳優そのままの姿でそこにいる。同じくグラハムやレオパルドと同じチームだった。彼らは握手と抱擁を交わす。二人共ウォルフの仕事の数少ない協力者である。……事が起きたのは彼等が挨拶を交わした丁度その時だった。
「うわぁッ!?」
彼らから五十m程離れた所で両腕で抱える程の機材を抱えていた少年が、床に敷かれたコードに躓き体勢を崩す。機材は彼の手を離れて宙を飛び、更にその上に載っていた基盤やコードやスイッチと言った様々な物も宙に浮いた。
運の悪い事に周囲にいた全員が事前に止められる事は出来ず、瞬き一回分の間に既に機材も大小様々な部品も取り返しがつかない程拡散し始めていた。
それは本来なら止められる事のなかった現象であった。彼が地面との激突を覚悟した刹那。
「ふむ」
――彼はその壮年の声を聞き、金髪の青年が手甲を操作するのを確かに見た。そして一度蒼い閃光が奔る。
「あ、あれオイラ……」
少年がその声を漏らすと、彼の身体は空中で静止していた。その様はまるで虫入り琥珀の様であった。
「怪我はないか?」
彼が声に目線を向けると、そこにはグラハムが右の手の平を向けていた。彼が手を上に向け、指を握ると少年の体勢は転ぶ前のそれに戻る。
「仕事熱心なのはよい事だが、周囲――特に足元には注意せよ」
「あ、ありがとう! グラハムの旦那!」
少年が礼を言うと、グラハムは笑い返す。
「部品は全部無事だ。間に合ってよかった」
そしてピーターがそう声をかけると、彼は両腕に抱えた散らばっている筈の機材や部品を手渡した。少年はピーターにも礼を言うとその場を去る。その後、彼等は再びウォルフに向き直った。
「話を中断させてすまぬな、少し見過ごせなかった」
「気にすんなよ。アンタらは正しい事をしただけさ。……立ち話もアレだ」
彼が〈怪鳥号〉の壁に手を付ける。すると、途端に宇宙船の壁が上下に開いた。船に仕組まれた電子回路が解除されたのだ。これはレオパルドの生体データが鍵になる。これが出来るのはレオパルド本人か、寸分違わぬクローンである彼以外いない。それが、ウォルフが事有る度に影武者に選ばれる理由の一つでもあった。
「入ってくれ。狭いが、勝手知ったる我が船さ」
そして、彼等三人は船内へ足を踏み入れた。
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