最後之英雄

夕凪かなた

運命の力

少年、蒼月夜斗は今、最強の神と対峙していた。

その瞳は燃えるような決意に満ち、握りつぶした拳には汗がにじんでいる。なぜ、このような事態に至ったのか。

全ては、勾留歴八百九十五年のあの日、突如として現れた自称神、ペルシア・ペンドラゴンの宣言から始まった。

ペルシアは、能力を持つ人間たちを呼び集め、互いに殺し合う「催し」を開催すると高らかに告げた。ルールは単純で残酷だ。

ランダムに選ばれた能力者たちが戦い、最後の一人となった者に「褒美」が与えられるという。だが、その褒美には複雑な制約が絡みつき、まともな報酬など得られるはずもなかった。

最初、人類は団結して抵抗した。神を名乗るこの傲慢な存在を倒すべく、志を共にする者たちが集まり、反乱を起こした。

だが、その希望は一瞬にして打ち砕かれた。ペルシアの力は圧倒的だったのだ。

反乱軍は瞬く間に全滅し、生き残った者たちは恐怖と絶望の中で膝を屈した。こうして、ペルシアの定めた殺し合いのゲームに参加せざるを得なくなったのだ。

それからの五年間は、まさに地獄だった。老若男女を問わず選ばれた者たちは、家族や友を、愛する者を目の前で惨殺されていった。誰もが大切なものを奪われ、血と涙に塗れた世界で生きることを強いられた。

夜斗もまた、幾度となくその無慈悲な光景を目の当たりにしてきた。

友の叫び声、恋人の断末魔、家族の無念――すべてが彼の心を刻々と切り刻んでいた。もう我慢の限界だった。夜斗は立ち上がり、ペルシアに決闘を申し込んだ。

「おい、夜斗! 流石に無茶だ! やめろよ!」

親友の川原木智也(かわらぎともや)が叫ぶ。情に厚く、誰とでも打ち解けられる智也だからこそ、夜斗の無謀な行動を止めようと必死なのだろう。

「そんなこと言ってられないだろ。誰かがやらなきゃいけないんだ……それとも、智也、お前が代わりにやってくれるのか?」

夜斗は軽く笑みを浮かべ、冗談めかして言った。だが、その声にはどこか諦めと覚悟が混じっている。

「そ、それは……」

智也は言葉に詰まり、顔をゆがめる。彼もまた、この地獄のような世界で多くのものを失ってきた。夜斗の決意を止める言葉が見つからない。

「冗談だよ、智也。心配すんな。俺が何とかするさ」

夜斗は智也の肩を軽く叩き、無理やり明るい声で言った。だが、心の奥底では、恐怖と不安が渦巻いていた。

ペルシアの力は計り知れない。それでも、誰かが立ち向かわなければ、この悪夢は終わらない。

「それで、何か作戦でもあるのか?」

智也の声には、隠し切れない不安が滲んでいた。夜斗の無謀な挑戦を止めたい気持ちと、友を信じたい思いが交錯しているのが、表情から見て取れた。

夜斗は小さく頷き、口元に薄い笑みを浮かべる。

「ああ、智也は俺の能力、知ってるよな?」

「確か……『運命操作』だろ? 発動すると銀色の糸が見えて、それを切ることで運命の流れをある程度変えられる。そんな能力だったよな?」

智也の言葉には、どこか懐かしむような響きがあった。二人がまだ希望を持っていた頃、夜斗がその能力を初めて見せた日のことを思い出したのだろう。

「その通りだ。今回は奇襲で行く。最初は単純な近接戦で仕掛け、能力を一瞬だけ使って一撃で仕留める」

夜斗の声は静かだが、内に秘めた決意が鋭く響いた。彼は近接格闘術、特にナイフの扱いに長けていた。素早く、正確に、敵の急所を突く技術は、一級品と言えるだろう。

たとえ相手が神を名乗る存在であっても、夜斗は自分の技量が通用すると信じている。 「今回のルールは俺に有利だ。少しでも傷を負わせればいい。それだけで勝機は掴める」

夜斗はそう言い切ると、腰に差したナイフを軽く叩いた。その仕草には自信と、どこか自分を鼓舞するような意志が込められている。

一方で智也は眉を寄せ、声を低くし、問うてくる。

「それが……もし通用しなかったら?」

夜斗は一瞬、動きを止めた。智也の悲痛な表情が胸に刺さる。だが、すぐに笑顔を装い、軽い口調で答えた。

「そんな悲しそうな顔するなよ、大丈夫。ちゃんと奥の手もある」

そう言って、夜斗は腰の反対側に差した日本刀をそっと前に出した。鞘に収まった刀身は、薄暗い光の中で鈍く輝いている。

「それが奥の手? お前、刀なんて使えるのか?」

智也の声には驚きと疑念が混じっていた。ナイフの達人である夜斗のことは知っていたが、刀の扱いまでとは初耳だった。

「ああ、練習してきたよ……あの日から、ずっと」

夜斗の声が一瞬、かすれた。妹を失った二年前のあの日の記憶が、胸の奥でざわめく。目を閉じると、あの光景が鮮やかに蘇った。

「お、お兄……ちゃ、ん……い、きて……」

血に染まった小さな体が、力なく夜斗に寄りかかる。妹、遥(はるか)の声は弱々しく、命の灯が消えゆく寸前だった。

「遥! 駄目だ! 兄ちゃんには遥が必要なんだ!」

どんなに叫んでも、どんなに抱きしめても、遥の小さな手は冷たくなっていくだけだった。あの日から、夜斗の心には癒えない傷が刻まれた。夜斗は目を開け、静かに息を吐いた。過去の痛みを振り払うように、ゆっくりと一歩踏み出す。

「行ってくるよ、智也」

その声は、静かだが揺るぎない決意に満ちていた。

「ああ、絶対に勝てよ! お前の無事をずっと願ってるからな!」

智也の声は震えていたが、力強く響いた。彼の目には、夜斗への信頼と、友を見送る切なさが宿っていた。

夜斗は振り返らず、ペルシアが待つ戦場へと歩を進めた。背中に智也の視線を感じながら、彼の心は燃えていた。

妹の笑顔を、奪われた全ての命を、そしてこの地獄のような世界を変えるため――夜斗は、運命を切り開く刃を握りしめた。

「逃げずによく来たな、人間」

ペルシアの声は低く、まるで深淵から響くようだった。その瞳には、夜斗を値踏みするような冷ややかな光が宿っている。

「逃げるわけないだろ」

夜斗は歯を食いしばり、沸き上がる怒りを抑えつけるように言葉を絞り出した。目の前の存在を今すぐ叩き潰したい衝動が、全身を支配している。

だが、その感情を抑え、冷静に言葉を続ける。

「始める前に聞かせろ。なぜお前は俺たちに殺し合いを強いるんだ?」

ペルシアは一瞬、首を傾げ、まるで子供の愚かな質問を聞くような嘲笑を浮かべた。

「簡単だ。暇つぶしに過ぎん」

「何?」

夜斗の声が震えた。怒りと呆れが混じり合い、胸の奥で爆発しそうな感情が渦巻く。

「人間如きにはわからんだろう。永遠の時を生きる退屈さをな」

ペルシアの声は軽やかだったが、その言葉には底知れぬ冷酷さが宿っている。

「人生など、死に至るまでの無意味な時間だ。ならば、少しでも娯楽を求めるのは、お前たち人間とて同じだろう?」

夜斗の視界が一瞬、赤く染まった。この神の口を今すぐ閉じさせたい。喉を掻き切り、永遠に黙らせてやりたい。

そんな衝動が心を支配する。だが、夜斗は拳を握りしめ、声を張り上げた。

「ふざけるな! お前にとってはただの暇つぶしでも、俺たちにとってはかけがえのない命なんだ! 一瞬一瞬が、誰かの笑顔が、思い出が、生きる意味なんだ! それを……お前の気まぐれで奪われてたまるか! 人間を舐めるな!」

ペルシアは鼻で笑い、興味を失ったように手を振った。

「話にならん。始めるぞ。好きに掛かってこい」

その言葉を合図に、夜斗は一気に距離を詰めた。風を切り裂くような鋭い突きを放つ。ナイフの刃が月光を反射し、銀色の弧を描いた。

だが、ペルシアの手にかかれば、その攻撃はまるで水面に舞う花びらのように軽々と受け流された。

――それが夜斗の狙いだった。

「【運燐】」

刹那、夜斗の瞳に無数の銀色の糸が映る。彼の能力「運命操作」が発動した瞬間だった。視界に浮かぶ運命の糸を一本、鋭く切り裂く。

「む?」

ペルシアの足が一瞬、地面に絡め取られたようにバランスを崩した。夜斗はその隙を見逃さない。

ナイフを逆手に持ち替え、流れるような動きで切りつける。刃の軌跡は月光のように空気を裂き、ペルシアの胸元を掠めた。

さらに距離を詰める。わずか二十センチ、息遣いが聞こえるほどの近さ。

夜斗の心臓は激しく鼓動し、全身の筋肉が次の攻撃に備える。だが、ペルシアは咄嗟に身体を反らせ、空間を確保。次の瞬間、予想もしていなかった反撃が夜斗を襲う。

「ッ!」

夜斗は紙一重でその一撃を回避し、渾身の力でナイフを振り下ろす。だが、その刃は再びペルシアに届かない。

神の動きはあまりにも速く、流れるような身のこなしで夜斗の攻撃をいなした。

夜斗は一瞬、息を整えるために後退した。額に汗が滲む。

「ほう、なかなかやるではないか」

ペルシアの声には、ほのかな興味が混じっていた。だが、その目は依然として夜斗をただの玩具のように見下している。

「クソッ!」

夜斗は唇を噛んだ。ナイフは通用しなかったわけではない。だが、ペルシアの反応速度と身体能力は、夜斗の想像を遥かに超えていた。紙一重で受け流され、攻撃の全てが空を切る。

それでも、夜斗の目は燃えていた。まだだ。まだ終わっていない。

 夜斗はナイフを地面に捨て、腰に差した日本刀を抜き放った。鞘から解き放たれた刃が、光を浴びて冷たく輝く。

「ほう? 自ら勝機を捨てたか。愚かな人間だ」

ペルシアの声には嘲笑が滲んでいた。

「どうかな? こっちが本業かもしれないぞ」

夜斗は軽口をたたきつつ、刀を握る手に力を込めた。最愛の妹を亡くしたあの日から磨き続けた剣術――これが夜斗の全てだった。

「戯言を……ならば、その誠意に応え、本気で相手をしてやろう!」

ペルシアの声が場を震わせた。夜斗の背筋に冷たいものが走る。

「何⁉」

「喜べ。この姿を見せる相手はそうそうおらんぞ」

刹那、ペルシアが叫んだ。

「真域開放! 権限せよ【騎士王】!」

その瞬間、世界が変貌した。

ただの闘技場だった空間は、一瞬にして異界と化した。無数の騎士の石像が円形に立ち並び、地面には錆びついた剣、斧、短剣が突き刺さっている。

まるで古の戦場を再現したかのような光景だった。

ペルシア自身も変貌していた。頭には荘厳な王冠が輝き、肩から太腿まで伸びるロングマントが風になびく。右手に握られた長剣は、まるで光そのものを切り裂くかのような鋭い輝きを放っていた。

その姿は、まさに「騎士王」の名にふさわしい威厳と圧倒的な力を体現していた。

「待たせたな。本気で行くぞ!」

ペルシアの剣が唸りを上げ、夜斗に襲いかかる。あまりの速さに、夜斗は無様に転がりながらかろうじて回避するしかない。

直感が叫んでいる。あの剣に触れれば、命も魂も全てが終わる。

恐怖が夜斗の思考を締め付けた。ナイフでも通用しなかった相手に、刀で勝てるのか? 疑問と不安が心を支配する。だが、その時、脳裏に最愛の妹、遥の笑顔が浮かんだ。

「お兄ちゃん……生きて……」

あの小さな声が、夜斗の心に火をつけた。

(そうだ……逃げてちゃダメだ。)

夜斗は覚悟を決め、刀を構えた。自らがゼロから編み出した、蒼月流の構え。全身を脱力させ、敵の動きに呼応する。その瞬間を待つ。

「ようやくやる気になったか  だが、全て終わりだ! 死ね!」

ペルシアの長剣が、雷鳴のような速さで振り下ろされる。

「蒼月流剣術一式 ハルカ・一刻一秋!」

刀が流星のように閃き、ペルシアの首筋をかすめた。鮮血が一筋、月明かりの下で輝く。 「何⁉」

ペルシアが驚愕の声を上げる。

「俺の勝ちだ」

夜斗の声は静かだったが、揺るぎない確信に満ちていた。

「なぜだ……先に剣を振ったのは我だぞ」

ペルシアの手が首に触れ、血に染まる。

「俺のオリジナルだ。全身を脱力させ、相手の動きに合わせ、カウンターを叩き込む。それが蒼月流一式だ……少しは暇つぶしになったか?」

夜斗は刀を鞘に収め、ニヤッと口角を上げながら言う。

遥との思い出、失った命への誓い、蒼月流は、それら全てを込めた一撃だった。

ペルシアは一瞬、沈黙した。そして、意外にも穏やかな笑みを浮かべた。

「ああ、楽しかった久しぶりに……約束だ。もう殺し合いはさせん。だが、一つ条件がある。お前が神になることだ」

「は? 俺が、神に?」

夜斗は言葉の意味を理解できず、困惑の表情を浮かべている。

「人間を神にすることは造作もない。お前はこの先、我と共に過ごす。それが条件だ」

ペルシアの声はどこか寂しげだった。まるで、永遠の孤独を埋める何かを求めているかのように。

夜斗は一瞬、智也の顔を思い浮かべた。友を置いていくこと、地上に残した全てを捨てる覚悟。それでも、この地獄を終わらせるためなら。

「……わかった。受け入れる」

夜斗の声は静かだが、決意に満ちている。

「随分とあっさりしているな」

ペルシアが意外そうに目を細める。

「心残りがないと言えば嘘になる。智也や、仲間たちを置いていくことになるからな。それでも……この悲劇を終わらせたい。誰かがやらなきゃいけないんだ!」

ペルシアは小さく頷いた。「そうか」その瞬間、夜斗の勝利は全世界に響き渡った。人間が神を打ち倒した瞬間として、蒼月夜斗の名前は歴史に刻まれた。

――伝説の英雄として。

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