第3話 回復術師、盗賊団を投げ飛ばす

 薬草を詰めた麻袋を抱え、天城翼は街へ戻ってきた。


 夕暮れの光が石畳に反射し、オレンジ色の街並みが一日の終わりを告げている。




 「さて……初仕事、終わりっと」




 冒険者ギルドの扉を押し開けると、中は相変わらずの喧騒だった。酔っ払った戦士たちの笑い声、金属の響き、そして依頼を巡る怒号。


 受付カウンターに向かうと、昨日の赤毛の職員――リーナが手を振った。




 「おかえりなさい、翼さん! 初依頼はどうでした?」


 「まあ、無事に。薬草はこれ」


 翼は袋を机に置いた。リーナは丁寧に中身を確認し、頷いた。




 「うん、品質も良好。森の奥に入ったんですね?」


 「ちょっとね。あっちの方が光が柔らかくて、生育がいいみたいだ」


 「分析までしてくる新人は珍しいですよ」




 リーナは笑顔を見せ、銅貨を机に並べた。




 「報酬は銅貨十五枚。これで今日の依頼は完了です」




 翼は受け取りながら尋ねた。


 「そういえば、この国のお金の単位ってどうなってるんだ?」




 「説明しますね」リーナは手元の紙を広げた。




 > 銅貨10枚 → 銀貨1枚


 > 銀貨10枚 → 金貨1枚


 > 金貨10枚 → 大金貨1枚




 「つまり、銅貨1000枚で大金貨1枚です。物価の目安としては――」


 ・パン1個:銅貨2枚


 ・宿1泊(安宿):銀貨1枚


 ・馬一頭:金貨2枚




 「ふむ……思ったより物価は高くないな」翼は頷いた。


 「そうですね。ただ、ここ《アインセル王国》は税金が高くて、暮らしは厳しい方ですよ」


 「アインセル王国、か……」




 翼はふと、王城で浴びた冷たい視線を思い出した。


 「……そうか。だったら、いずれ出た方がいいな」




 「え?」リーナが首を傾げる。




 翼は静かに言った。


 「この国を出て、隣の《ルミナス自由都市連盟》に向かう。自由で、冒険者が活躍できる場所らしいな」




 リーナは驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。


 「……あなたなら、きっとやっていけますよ」




 翼は礼を言い、ギルドをあとにした。




 翌朝、街を発ち、北へ続く街道を進む。目的地はルミナス自由都市連盟。


 旅の途中、小さな集落――ベルネ村が視界に入った。




 「水車が動いてる……穏やかな村だな」


 翼はほっと息をついた。宿を取ろうと足を踏み入れたそのとき――。




 悲鳴が響いた。




 「やめてっ! 誰か助けて!」


 村の中央、馬に乗った盗賊たちが暴れていた。黒ずくめの男たちが家々に火を放ち、村人を縛り上げている。




 「金を出せ! 抵抗すりゃ容赦しねぇ!」




 翼は反射的に木陰に身を潜めた。


 「……盗賊団か。人数は十人以上。村人はほとんど捕まってるな」




 翼は深く息を吸い込み、走り出した。




 「おい、お前は!」と盗賊の一人が振り返る。




 その瞬間、翼の体が低く沈む。


 ――巴投げ。




 盗賊の体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。鈍い音が響く。


 「なっ……なにをした!?」


 「柔道だよ」翼は無表情に答えた。




 もう一人が剣を振りかざす。翼は身を翻して組みつき、大外刈り。


 「ぐはっ!」盗賊は呻き声を上げて倒れる。




 「や、やべえ! このガキ、ただの冒険者じゃねぇ!」


 残りの盗賊たちが怯え、後退する。




 翼は静かに呟いた。


 「ヒール」




 光が走り、倒れた村人の傷が瞬時に癒える。その様子を見て、盗賊たちの動揺はさらに深まった。




 「こいつ……回復魔法も使いやがる!?」


 「逃げろ!」




 リーダー格の男が馬で逃げ出そうとする。翼は地面に手をつき、魔力を集中させた。




 「……《ヒール・リバース》」




 淡い光が男の馬を包み、後脚の筋肉を一瞬硬直させる。馬がバランスを崩し、リーダーごと地面に転がった。


 「ぐわっ……!」




 「回復魔法を“逆転”させれば、一時的に身体の動きを止めることもできる」


 翼は冷静に呟き、歩み寄った。




 男は震える声で叫ぶ。「ま、待ってくれ! 命だけは!」


 翼は軽くため息をついた。


 「命までは取らない。……ただし、村に二度と手を出すな」




 男は何度も頷き、部下を連れて逃げ去った。




 静寂が戻る。村人たちは呆然と翼を見つめていた。


 「あなた、冒険者さん……ですよね?」


 「助けてくださって、本当にありがとうございます!」




 翼は照れくさそうに頭を掻いた。


 「いや、ちょっと体が勝手に動いただけだよ」




 村の代表が袋を差し出した。


 「せめてお礼を受け取ってください。これは村の感謝の印です」




 袋の中には、銀貨五枚と焼きたてのパンが入っていた。




 「ありがとう。でも……これで十分だ」翼はパンをひとかじりして微笑んだ。




 「柔道も、回復魔法も――どっちも俺の武器だな」




 夕陽が沈む。燃えかけた家々の煙が空に溶けていく。


 翼は立ち上がり、北の街道を見据えた。




 「次は、自由都市ルミナス。追放された俺の、もう一つの人生を始める場所だ」


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