第4話 自由都市ルミナス、風と炎の出会い

 アインセル王国を追放され、銀貨十枚と金貨三枚を懐にしてから五日。

 翼はついに《ルミナス自由都市連盟》へと辿り着いた。


 高い城壁に囲まれたこの街は、王や貴族の支配を受けない“自由の都”。

 人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族さえも混じり合う混沌と活気の街だ。

 昼間から笑い声と喧騒が絶えず、空には商船の飛行艇が浮かんでいる。


 「……なるほど。確かに“自由”って感じだな」

 翼は感嘆の息を漏らした。

 追放の痛みがまだ心の奥に残っている。けれどこの空気を吸えば、少しだけ前に進める気がした。


 まず向かったのは、冒険者ギルド。

 大通りの中央にそびえる石造りの建物は、二階建てにもかかわらず内部は広く、まるで大聖堂のようだった。


 扉を開けると、剣士や魔導士、盗賊たちが談笑し、依頼書が壁一面に貼られている。

 翼は受付へ向かい、登録希望を告げた。


 「職業は?」

 「回復術師です」

 受付嬢は目を瞬かせた。

 「珍しいですね。支援職は需要がありますが、登録には試験が必要です」

 「試験?」

「ええ。模擬戦形式です。担当は……セリアさん、お願いします!」


 その名を呼ばれ、受付の奥から現れたのは長い黒髪を一つに結んだ女性。

 しなやかな体躯に軽鎧、腰には細身の剣。

 冷たい空気のような緊張感を纏っている。


 「試験官のセリア・ヴェインよ。準備はいい?」

 「お願いします」翼は頷く。


 訓練場に移動すると、周囲の冒険者たちが見物に集まっていた。

 セリアは静かに剣を抜き、風が巻き起こる。

 「本気で来なさい。中途半端な力では死ぬわよ」

 「了解です」翼は息を整え、腰を落とす。


 戦闘開始の合図と同時に、セリアの姿が消えた。

 風を切る音、そして首筋に冷たい感触――!

 「速いっ!」

 翼は身を沈め、柔道の体捌きで間一髪避ける。


 セリアの剣が床を裂き、風の刃が飛び散った。

 「体術で避けた? 面白いわね」

 翼は反撃せず、距離を取る。

 「俺は回復術師ですから。守りが本業です」


 セリアが間髪入れず突進した瞬間、翼は地面に掌をつく。

 「ヒール!」

 淡い光が床を走り、セリアの足元を照らした。

 その光は一瞬だけ滑りの魔法陣へと変化し、セリアの体勢が崩れる。


 「なっ――!?」

 翼はその隙を逃さず、柔道の要領で彼女の腕を取った。

 「一本っ!」

 鮮やかに投げ飛ばし、セリアは床に叩きつけられる。


 しかしすぐに翼はヒールを唱え、衝撃を消す。

 「怪我はありません」

 「……あなた、本当に回復術師?」セリアは呆れたように笑った。

 「試験は合格よ。あんな技を見せられたら、文句のつけようがないわ」


 試験を終え、翼が受付で登録を済ませていると、背後から声がした。

 「へぇ、あのセリアさんを投げ飛ばすなんて。あんた、ただ者じゃないね」

 振り返ると、そこには赤い髪を肩まで伸ばした女性が立っていた。

 瞳は琥珀色に輝き、腰には魔導書を携えている。


 「私はリリア・フレイム。炎系の魔導士さ。セリアとは昔からの腐れ縁でね」

 「腐れ縁?」翼が笑うと、セリアが肩をすくめた。

 「気づけばいつも同じ依頼を受けてるの。喧嘩しながらね」

 「失礼ね、私は真面目に仕事してるだけよ」

 「はいはい、風の剣士様」リリアはニヤリと笑った。


 そんな二人のやり取りに、翼はどこか懐かしいものを感じた。

 ――かつての幼馴染たち。陽向とさくら。

 もうあの笑顔は遠い。だが、また誰かと笑えるのなら、それでもいい。


 「それで、天城翼くん。セリアのパーティ、まだ人員募集中なんだって?」

 「え? あ、はい……そうみたいですね」

 「なら私も入れてよ。ヒーラーと風剣士と炎魔導士。完璧なバランスでしょ?」

 「ちょっと待ってリリア。勝手に決めないで」セリアが眉をひそめる。

 「別にいいじゃない。アンタも彼の実力、気に入ってるんでしょ?」

 「……まあ、否定はしないけど」


 セリアが小さく息を吐き、翼に視線を向けた。

 「どうする? 二人とも女性だけど、ちゃんと仕事はするわよ」

 「むしろ頼もしいです。俺も一人よりチームの方が安心しますから」

 「決まりね!」リリアが笑い、翼の背中を軽く叩いた。

 「今日からあたしたちは仲間。よろしくね、回復術師くん!」

 「……こちらこそ、よろしくお願いします」翼は微笑んだ。


 その夜、三人はギルドの酒場で簡単な顔合わせをした。

 酒場の灯りは暖かく、どこか懐かしい。

 セリアは淡々と依頼書を眺め、リリアはワインを片手に饒舌だった。


 「それで翼くん、あんたのヒール、普通の回復魔法じゃないね?」

 「どうして?」

 「魔力の波長が特殊なの。あんな即時発動できるヒール、見たことない」

 翼は少し考え、正直に答えた。

 「中学の頃、腕を怪我して柔道をやめたんです。でも、さっきヒールを使ったら……治ってました」

 セリアとリリアが同時に息を呑む。

 「自分の古傷まで治す……? そんな回復術、聞いたことないわ」セリアが低く呟いた。

「だから俺、多分“普通の回復術師”じゃないんです」


 静かな沈黙のあと、リリアが笑った。

 「面白いじゃない! そういう秘密を抱えた仲間、大歓迎だよ」

 セリアも微笑を浮かべる。

 「翼、あなたはきっと強くなる。……いえ、もう十分強いのかもね」

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