第2話回復術師、冒険者登録
王城を追放された天城翼は、石畳の街をとぼとぼと歩いていた。手にあるのは銀貨十枚だけ。
見知らぬ国の見知らぬ街。空腹と不安が胃を締めつける。
「……はぁ、いきなり追放って。もうちょっと待遇あってもよくないか?」
通りすがりの商人たちが彼を怪訝な目で見ていく。異国の制服姿は目立ちすぎた。
黒いブレザー、白いシャツ、そして日本製のスニーカー。どう見てもこの世界の人間ではない。
「これじゃどこに行っても浮くな……」
翼は路地裏の小さな古着屋に入った。
「おや、旅人さんかい?」と、皺だらけの老人が声をかけてくる。
翼はため息混じりに言った。
「服を売りたいんだ。この制服、一式」
老人は目を丸くした。「珍しい布だね。縫製も細かい……異国の上等品か。金貨三枚でどうだ?」
翼の目が一瞬輝いた。
「三枚……!? そんなに!?」
老人は笑って頷く。「珍しい品は高くつくもんだ。こっちも仕立て直して売れるしな」
こうして翼は、銀貨十枚→金貨三枚という大躍進を遂げた。
「俺の制服、異世界価格すごすぎるな……」
その金貨で、黒の旅装とマント、丈夫なブーツを購入。腰には小型のポーチを下げた。
見た目だけなら一人前の冒険者だ。
「さて……次は、仕事探しか」
街の中心部にある巨大な建物――冒険者ギルドの門をくぐる。中は活気に溢れ、鎧姿の戦士やローブをまとった魔法使いが行き交っていた。
木の掲示板には「薬草採取」「魔獣討伐」「遺跡調査」といった依頼がずらりと貼られている。
受付カウンターに立つと、赤毛の女性職員が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。冒険者登録ですか?」
「ええ。回復術師です」
「珍しいですね。……あ、王都追放組の方ですか?」
翼は肩をすくめた。「ええ、まあ」
彼女は慣れた手つきで書類を広げ、説明を始めた。
「冒険者のランクは下から順に、木・銅・鉄・ミスリル・アダマンタイト。五段階です。依頼の難易度や成功率で昇格します」
「木からスタート、ね。地道にやるしかないか」
「はい。最初は薬草採取や小動物退治が基本です。……ちなみに、命を落とす方も多いのでご注意を」
彼女の言葉に、周囲の冒険者が笑い声を上げる。
「おい見ろよ、木ランクの新人だ」
「しかも回復術師だってよ。回復薬のほうがマシだな!」
翼は内心で苦笑した。
「はいはい、不遇職ですとも」
登録を終えると、さっそく依頼掲示板を確認する。
一番下の欄に、控えめな依頼が貼られていた。
> 【依頼名】薬草採取
> 【目的地】魔獣の森 入口付近
> 【報酬】銅貨十五枚
> 【備考】初心者向け
「よし、これだな」
依頼書を受け取り、翼は森へと向かった。
魔獣の森――それは街の北端に広がる鬱蒼とした林だ。
鳥の声とともに、木々の間からは淡い霧が漂っている。
「……薬草採取ね。地味だけど、まあ始めにはちょうどいいか」
屈みながら草を探し、見慣れない植物をひとつずつ摘んでいく。
途中、小さなスライムが現れた。
ぷるぷると体を揺らしながら、ぴょん、と翼の足元に飛びつく。
「やめろ、靴が滑る!」
翼は枝で突いて追い払った。
その瞬間、足元の根に引っかかり、転倒。右腕を地面に打ちつけた。
「っ……! また腕か……」
ズキン、と古傷が痛む。中学時代、柔道の試合で負った怪我だった。
それが原因で部活をやめた――翼にとっては忌まわしい記憶だ。
「……試しに、やってみるか」
彼は静かに手をかざし、詠唱した。
「ヒール」
淡い光が手のひらから広がり、腕を包む。
温かく、柔らかな光。痛みがすっと引いていく。
腕を動かしてみると、痛みはまったくない。
「……治ってる……?」
翼は呆然とした。
中学時代から残っていた深い損傷が、一瞬で完治している。
「おいおい、これ……“聖女より回復量が低い”って、どの口が言ったんだ?」
試しにもう一度、魔力を集中させる。手のひらに浮かぶ光は、先ほどよりも強い。
まるで、彼自身の身体が“回復の源”になっているようだった。
「俺の“ヒール”、ただの回復じゃない。……身体そのものを再構築してる?」
冷静に考えればおかしい。通常のヒールは傷を塞ぐ程度。しかし翼のそれは、筋肉と骨の歪みまでも正している。
まさに――再生。
「ふふっ……不遇職? はは、笑わせるな」
翼は口角を上げた。
彼の周囲に、淡い光がふわりと散る。魔力が森の霧に溶け、空気がわずかに震えた。
鳥たちが一斉に飛び立つ。森の奥で、何か巨大な気配が目を覚ます。
「……おっと、やりすぎたかもな」
翼は薬草の入った袋を肩にかけ、森の出口へと歩き出した。
足取りは軽い。
「いいね……この世界、案外悪くない」
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