第8話  魔力譲渡と、優良顧客(パンツ)管理システム

 セシリアとの一件から、数日が経った。


(……まさか、一度の取引であれほどのPP……いや、保有魔力を得るとはな)

 俺は自らのステータスを眺めて、改めて驚愕していた。


【虹の精霊:アーク】

 ランク:???

 クラス:1

 保有魔力:21,652 / ????

 特殊能力:PPブースト、超高性能鑑定 etc...


 セシリア戦の前は148だった保有魔力が、今や2万を超えている。ダブルパンツフィーバー恐るべし。

 だが、奇妙なことに、これだけの経験値を稼いでも、俺の『ランク』も『クラス』も一向に上がる気配がない。

(どういうことだ? 上限値すら表示されない。まるで、何かの条件がロックされているみたいだ……)


 とはいえ、いくら考えても分からないものは分からない。

 転生前の世界と違い、ネットで調べることも図書館なども精霊界にはない。


 あまり気にしないことにして俺は、相棒のポルンと共に精霊界で日々の「業務」をこなしていた。

 と言っても、やることは単純だ。人間界からの「呼びかけ」に応え、魔法を行使し、PP(パンツ&ポーズ)が発生するかどうかを検証する。ただそれだけの、簡単なお仕事である。


 これまでの調査で、いくつかの法則性が見えてきた。

 例えば、先日応えた、屈強な男性戦士からの【筋力強化】の呼びかけ。


「うおおお!」と雄叫びを上げながら筋肉を誇示する様は、まあ、ある意味で壮観だったが、俺のPPはピクリともしなかった。

(……うーん、やっぱりダメか。PPが全く発生しない。魔力も、なんだかパサパサしてて美味しくないな。おまけに、こっちの保有魔力への還元率も低い。……男との取引は、時間の消費から考えると完全に赤字事業だな。撤退だ、撤退~)


 逆に、腰の曲がった老婆の魔法使いが、孫のために井戸の水を汲み上げようとする【水流操作】の呼びかけに応えた時は、少しだけ心が温かくなった。


(……優しいおばあちゃんだ。こんな人にポーズを要求するのは、さすがの俺も気が引ける。……まあ、たまには社会貢献活動も悪くない。今回はサービスしておくか)


 そんな風に、顧客を選別しながら仕事をこなす俺の横でポルンは焦っていた。

 ちょうどその時も、簡単な【灯り】の呪文の呼びかけが精霊界に響き渡る。

「あっ! 今度こそ僕が……!」

 ポルンは必死に意識を集中させるが、コンマ数秒の差で別の光の精霊に「行使権」を奪われてしまった。


 しゅん……と、ポルンの光が悲しげに揺れる。

「うぅ……また、出遅れちゃいました……。アークさんが羨ましいです。僕なんて、簡単な呪文すらキャッチできないから、これ以上進化できそうにないですぅ……」

 その落ち込みように、俺は内心でため息をついた。


(……まあ、気持ちは分かるぜ。頑張ってもうまくいかないこともあるよな。俺の溢れる魔力を、お前にやれればいいんだがな……。だが、どうやって?)


 俺が何気なく「誰かに力を分け与えたい」と強く思った、その時だった。

 脳内に、無機質なシステムメッセージが響き渡る。


【SYSTEM:特定の意志(利他性)を検知。進化条件の一部がクリアされました】

【SYSTEM:新スキル【魔力譲渡】が解放されます】


(……は? 利他性? 進化条件? スキル解放だと?)

 俺は興奮を隠しながら、落ち込んでいるポルンに向き直った。

「おい、ポルン。俺、なんかいい感じのスキルが手に入ったかもしれないぞ」


「へ? アークさん……?」


「いつもナビゲート役ご苦労さん。俺がこうやってやっていけているのも、お前がいろいろと教えてくれたおかげだ。これは俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ!」


 俺は、習得したばかりのスキル【魔力譲渡】を使い、試しに保有魔力10をポルンに向けて譲渡する。

 ポルンの体が一瞬、温かい光に包まれた。


「え、ええっ!? い、今、僕の保有魔力が……! アークさん、あなた、何をしたんですか!?」

「はっはっは! これぞ俺の新能力よ! どうだ、すごいだろ!」

 調子に乗った俺は、さらにドカンと魔力を渡そうとする。


「よし、もう一声! ボーナスだ、5000くらいくれてやる!」

「ぴぎゃあああっ! あ、アークさん、む、無理です! そんなに一度に受け取れません! 僕の器が小さすぎて、破裂しちゃいます!」

(なんだと? ……なるほど、腹いっぱいの奴に、さらにカツ丼を食わせるようなもんか……)


「じゃあ……500くらいか?」

「いえいえいえ! それも無理ですぅ、さっき頂いた分だけでお腹いっぱい……)


「それなら仕方ないな。じゃあ、今日はこれくらいにしておこう。その代わり、これからは毎日少しずつ受け取れよ」

「え! 本当ですか!? ありがとうございますぅ……!」

 ポルンが、感涙にむせぶように光を震わせる。

 その純粋な喜びように、俺も悪い気はしなかった。


(まあ、こいつが育てば俺のナビゲート役としても、もっと優秀になるだろうしな。先行投資ってやつだ)

 そんなことを考えていると、ふと、一つの疑問が頭をよぎった。


「なあ、ポルン。一つ気になったんだが」

「はい! なんでしょう、アークさん!」

「俺たちって、いつも人間からの『呼びかけ』を待ってるだけだよな? こっちから、特定の相手の様子を覗きに行ったりはできないのか? ほら、アンナとか、セシリアとか」


 俺の問いに、ポルンはきょとんとした顔をした(そんな気がした)。

「ええっ!? そんなこと、できるわけないじゃないですか! 特定の人間界の座標に干渉するなんて、それこそ精霊王クラスの御業ですよ。僕たちみたいな下級の精霊は、来るものを待つしか……」


「……そうか。やっぱり、そうだよな」

 まあ、そんな便利な機能があるわけないか。

 いちいち「呼びかけ」を待つのは非効率だが、仕方ない。

 俺がそう諦めかけたが、ふと先ほどのシステムメッセージが頭をよぎった。


(……待てよ。『特定の意志』でスキルが解放されたなら、これも同じじゃないのか?)


 俺は、「特定の顧客(あのパンツ)をもう一度見たい」という、極めて純粋で強固な意志を、魂の中心で強くイメージしてみた。アンナとの契約時に感じた、あの独特の感じ……匂いというか、「魔力の波長」を思い出しながら。


【SYSTEM:特定の意志(執着心)を検知。進化条件の一部がクリアされました】

【SYSTEM:新スキル【顧客管理(お気に入り)】が解放されます】


 すると、俺の目の前に、信じられないことが起きた。

 何の呪文も聞こえていないのに俺の意識が強制的に人間界の、とある場所へと引き寄せられたのだ。

 ――そこは、薄暗いダンジョンの一角。

 目の前で、アンナが仲間たちとスライム相手に奮闘していた。生だ。ライブだ。


「な……なんだ、これ…!?」

「ひえっ!? アークさん、どこへ行くんですか!? 体が透けて…!」

 ポルンの慌てた声が、背後で聞こえる。


 俺は、ゴクリと唾を飲んだ。

 震える手で(そんなものはないが)、今度はセシリアの波長をイメージしてみる。

 ――アドレス、変更。


 ダンジョンの光景が掻き消え、次に俺の意識が飛んだのは壮麗な城の訓練場だった。

 目の前で、セシリアが真剣な表情で素振りを繰り返している。

 汗が、その美しい横顔を伝っていた。


(……間違いない。一度契約した相手の波長は、俺の中に『お気に入り』としてブックマークされるんだ! そして、俺はいつでも好きな時にそのサイトに飛んでいくことができる……! SNSで気に入った相手をフォローするみたいなものだな)


 これは、革命だ。

 他の精霊たちが、ただひたすら「呼びかけ」という名の電話が鳴るのを待っている間に、俺はこっちからいつでも顧客の様子を監視し、最高のタイミングで営業(介入)をかけることができるのだ!


「ふ、ふはは……! ふははははははは!」

「ア、アークさんが、なんだかすごく悪い顔になってますぅ……!」


 これぞ、俺だけのハーレムリスト……いや、『優良顧客(パンツ)管理システム』だ!

 この新機能があれば、俺は見たいときに見たいパンツを拝める可能性が格段に高まる!


 俺が新たなる力の発見に打ち震え高笑いを続けていた、その時だった。

 予期せぬ人物が入り口の方から姿を現したのだ。


 その男は、白銀の豪奢な鎧に身を包み、厳しいながらも理知的な光を宿した瞳をしていた。

 壮年の、鍛え抜かれた騎士。


(……なんだ、あいつ。やけに威厳があるな……。セシリアの奴、なんかビクッとしてるぞ)

 俺の【認識共有】が、周囲の騎士たちの畏敬に満ちた思考を拾い上げる。


 ――『団長だ……!』

 ――『なぜ、アルフォンス団長自ら、見習いの訓練場に……?』


(……団長? ってことは、この聖騎士団で一番偉い奴か。まずいな、セシリアの奇跡が怪しまれたか……?)


 俺が固唾を飲んで見守る中、聖騎士団長アルフォンスは、セシリアの隣に立つと、その肩に、ぽん、と手を置いた。

 そして、逃げ場のない探るような目でこう言ったのだ。


「――セシリア。少し、いいか。お前のあの日の『奇跡』について話が聞きたい」

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