第9話 団長の尋問と、初めての呪文生成

「――セシリア。少し、いいか。お前の、あの日の『奇跡』について話が聞きたい」


 その言葉を聞いた瞬間、セシリアの思考がパニックに陥るのが俺には手に取るように分かった。

(ど、どうしよう……! まさか団長自ら……! あの日のことは、一体どう説明すれば……!)

 セシリアの心の声が俺に漏れてくる。



 ――聖騎士団長執務室。

 重厚な木の机を挟んで、セシリアはアルフォンス団長と向かい合っていた。

 まるで罪人のようにうつむいたまま指先を震わせている。


 俺はと言うと訓練場からそのまま背後霊のようにセシリアの後ろにくっついて移動してきた。

 ちなみに、【顧客管理(お気に入り)】スキルで訓練場に飛んだ時も、周りの人間(セシリアを含めて)俺の姿は認識されていないようだ。なので気づかれてはいない。


 かといって、ローアングルで追尾なんてしていないぞ。

 パンツは簡単に覗きに行くのではなく、「見えてしまった」とか、「説得して自らの意思で羞恥心と共に公開させる」のがいいのだ。あと、見慣れてしまうとPPブーストの威力も下がりそうだし。



「……さて、セシリア。単刀直入に聞こう」

 アルフォンスは、厳しい目で彼女を射抜きながら問いかけた。


「あの日の昇格試験。お前が召喚したあの大天使。……あれは、何者の力だ? お前の魔力量や過去の戦績から考えて、お前自身の力でないことは明白だ。正直に話せ」


(くっ……! やはり、ごまかせはしない……!)


 セシリアの心が、絶望に染まっていく。

(まずいな。このままだと、この子、全部ゲロっちまいそうだ)


 俺の存在がバレるのは、まだ早い。それに、この有望な顧客(金の卵)を、こんなところで失うわけにはいかない。

(……仕方ない。なんとかやるだけやってみるか)


 俺は、セシリアとの最初の契約の時を思い出す。

 あの時、俺と彼女の意識だけが、切り離された時間の中を高速で駆け抜けた。

 あれが、俺のユニークスキルの一つだったのだと、後になって気づいた。

 ならば――もう一度、あの状態を再現する!


【ユニークスキル【思考加速】を発動。対象との精神交渉領域を構築します】


 俺が強く念じた瞬間、セシリアの目の前で、アルフォンス団長の動きがぴたりと静止した。

(……よし、成功だ)


 そして、セシリアにだけ聞こえるように念話で囁きかけた。


『――落ち着くのだ、セシリア。顔を上げろ』

「――っ!?」


 突然、世界から音が消え、頭の中にあの時の声が響いたことでセシリアの肩がビクリと跳ねる。


『その声……! あ、あの時の精霊様……!?』

『そうだ。今からわれが言う通りにそのまま答えろ。いいな?……まず、深呼吸だ』


『は、はい……!』

 俺は【認識共有】でアルフォンス団長の思考や表情の変化をリアルタイムで読み取りながら、セシリアに完璧な模範解答を囁き続ける。

 まるで、スパイ映画のインカム指示のように。


『よし。まず、こう言え。「あれは、私が契約した名もなき古の精霊様の力です」と。……そうだ、もっとふてぶてしく、不敵な感じで!』

「あ、あれは、わ、私が契約した、古の精霊様の、力です……!」


 セシリアは、震える声で必死に俺の指示をオウム返しする。

 アルフォンスは、その言葉に、訝しげに眉をひそめた。


「……ほう。精霊だと? ただの精霊ごときが、大天使を召喚できるとでも言うのか。にわかには信じられんな」


(ちっ、聖騎士だけあって天使至上主義の疑り深いジジイだ……!)


「まさか聖騎士見習いのお前が、精霊が天使を召喚するなどと言う世迷言を言うとはな。……ならば、今ここで、その精霊の力の一端を見せてみろ。できなければ、お前を偽証罪で地下牢に送ることになるぞ」


 アルフォンスが、最後通告を突きつける。

『精霊様……事態が酷いことになってるじゃないですか……! ど、どうすれば……!』

 セシリアがパニックに陥る。冷汗をこれでもかと噴き出して、その困った表情もぐっとくるぜ……


 俺は、にやりと笑った(そんな気がした)。


『いいだろう。見せてやる。……セシリア、こう言え。「我が主は、気性が荒いお方。あまり、お試しになるのはお勧めしませんわ」……そうだ、もっと不遜な感じで!』

「わっ、我が主は、き、気性が荒いお方でして……! あまり、お試しにならない方が、そのっ……!」

 セシリアはこういった状況に慣れていないのか、かなりしどろもどろだ。


 (この状況も楽しいが、そろそろ助けてやるか。と、何をやって見せるか。派手すぎず、しかし、このジジイの度肝を抜くような、繊細で、高度な奇跡……)


 俺は、重厚な机の上にある、木製のコップに狙いを定めた。


(……よし。あれを浮かせてみるか。……だが、どうやって? 俺は風属性の精霊じゃないから、風を起こすオリジナルスキルは持っていない。……いや、待てよ)


 俺は、自らの『虹』という属性の本質に思い至る。

(俺は、全ての属性に適応できる。つまり、全ての属性の魔法の『理(ことわり)』を理解し、再構築できるということじゃないのか? アンナの炎も、セシリアの光も、その構造はすでに解析済みだ。ならば――)


 俺は、頭の中で超高速で思考を巡らせた。

 セシリアが以前使用した天使召喚の内容、アンナの炎の矢の詠唱内容……その他、最近の「業務」で見たいろいろな呪文の内容も参考に、俺が新しくオリジナルを構築する。


 そして、既知の魔法の構造式を分解し、風を操るための最もシンプルな呪文コードを即興で組み上げた。


(……できた。『名もなき風よ、我が意のままに、杯を天に掲げよ』。……こんなもんだろ)


 俺は、創り出したばかりのオリジナル呪文を、セシリアの魔力を借りるまでもなく、俺自身の魔力で、極小規模に発動させた。


 すると、アルフォンスの目の前で木製のコップが、すーっ……と音もなく机から数センチほど宙に浮かび上がった。

 ぴたり、と空中で静止するありえない光景。


「――!?」

 目の前で起きた静かで、しかし絶対的な奇跡。

 歴戦の勇士であるアルフォンスは、それが、ただの小手先の奇術などでは断じてないことを、瞬時に見抜いた。

 詠唱も、魔法陣も一切の前兆がなく、ただそこに存在する理を捻じ曲げる。そんな芸当ができる存在など、彼の知識にはない。

 『なっ……セシリアの言動に呼応して物体を操作する……だと!? 我々の言語を理解している……そして、大天使を召喚せしめることを可能としている存在……』


 彼の額に、一筋の冷や汗が伝う。

(よし、効いてるな! これで、俺の……いや、セシリアの背後にいる『何か』のヤバさは、十分に伝わったはずだ)


『見ろ、セシリア。あのジジイ、ビビってるぞ。今が好機だ。……最後の一押しだ。やるぞ』

『は、はい!』

『今から、二度目の「契約」だ。……もちろん、対価は前回よりも「上乗せ」させてもらうがな……!』


 俺の悪魔的な囁きに、セシリアの顔が再び絶望と羞恥に染まっていく。

(ふっ……以前見た、あの「黒い布」と同様に、じっくりと観察させてもらおうじゃないか……!)

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