第7話 ダブル・パンツ・フィーバー!

 光の中から、音もなく一体の存在が舞い降りた。


 ――その瞬間、訓練場の空気が変わった。

 

 ざわめきがピタリと止み、誰もが息を飲むほどの神聖な圧力が、その場を支配する。

 現れたのは、一人の少女。

 月光のように輝く銀色の髪はツインテールに結われ、その小柄な身体を包むのは、夜の闇を思わせる漆黒の甲冑。豪奢なフリルやリボンが施されたゴシックロリータのデザインだが、その作りは尋常ではなく、まるで魔力を帯びた絹糸で編まれているかのようだ。


 彼女の顔立ちは人形のように整っているが、その瞳には一切の感情が浮かんでいない。無表情だからこそ、人ならざる者としての隔絶した雰囲気を醸し出していた。

 そして、その小さな背中からは光で編まれた一対の翼が、周囲に淡い光の粒子を散らしながら静かに広がっている。

 小柄で、華奢で、胸の膨らみも慎ましい。

 だが、その小さな身体から放たれる神聖なオーラは、歴戦の騎士たちですら無意識に剣の柄を握りしめてしまうほどに強烈だった。

 

「――大天使(アークエンジェル)……だと……!?」

 誰かが、かすれた声で呟いた。

 それは、聖騎士団長クラスでなければ召喚不可能とされる上位の存在だった。


 訓練場の隅、一段高く設けられた監督席で戦況を見守っていた壮年の男――聖騎士団長アルフォンスが、思わず立ち上がっていた。


(馬鹿な……! あの娘は、ただの見習いだぞ! なぜ大天使を召喚できる!? 魔力量も、魂の格も、到底足りるはずがない! まるで、誰かが規格外の力で無理やり『接続』したかのようだ……。一体、何が起きている……!?)


 歴戦の騎士団長ですら理解の及ばない現象に、彼の額に冷たい汗が伝う。

 訓練場の空気は、神聖な圧力によって完全に凍り付いていた。


 相手騎士――ギルバートは、目の前の存在が放つ神聖な圧力に全身の肌があわ立つのを感じていた。

 本能が叫んでいる。逃げろ、と。あれは、自分ごときが刃を向けて良い相手ではない、と。

 だが、彼の周りには、彼を信じて見守る仲間たちがいる。そして何より代々聖騎士を輩出してきた彼の家名が、敗北よりもなお屈辱的な逃走を許さなかった。


「……う……おおおおおぉぉぉっ!!」


 恐怖を咆哮で塗りつぶし、ギルバートは己の持てる全ての魔力と技を込めた最後の一撃を放った。

 それは、彼の一族に伝わる秘伝の剣技。見習いが放つにはあまりにも速く、鋭い、まさしく音速の斬撃だった。


 訓練場の誰もが、その一撃の威力に息を呑む。

 確かに、目の前に立つ少女は人ならざる雰囲気を纏っている。だが、その姿はあまりにも華奢で可憐だ。


 ギルバートの……あの天才の渾身の一撃ならば、あるいは――。

 そんな観客たちの一瞬の希望を大天使は気に留めることすらしなかった。

 ただ、その無表情な瞳が、迫りくる剣閃を完璧に捉えている。

 そして、攻撃が届く寸前、「退屈だ」とでも言うかのように、小さくため息をついた。


 次の瞬間、彼女は相手の剣速をあざ笑うかのように最小限の動きで身をかがめると、重力を無視したかのような全くの無駄のない動きで、舞を踊るかの如く華麗な宙返り(サマーソルト)を決めた。


 彼女の靴のヒールが、振り下ろされた剣の刃を的確に捉え、甲高い金属音と共に剣ごと宙へと弾き飛ばす。

 そして着地――。


 俺の視点のど真ん中に。

 天使の完璧なヒップが、ドアップで飛び込んできた。

 肌が透けて見える、天上のシルクで編まれた薄い生地。そこに、神言語のルーン文字か何かが緻密で豪華なレース模様として刻まれている。


 ドクンッ!!!!(二回目)


【対象:召喚体・大天使(アークエンジェル)】

【観測内容:神聖ルーン文字入りエンジェルパンツ&サマーソルト着地ポーズ】

【評価:SSランク】

【生成PP:20,000 over!】

【結果:アークの保有魔力に直接加算】


(な、なんだと……!? 顧客(セシリア)からのPP供給だけでなく派生商品(召喚天使)からも追加のPPが発生しているだと!? しかも、なんだこの純度と破壊力は……! 脳が焼き切れそうだ! セシリアの漆黒が『聖域』への畏敬を生むPPだったとすれば、この大天使の純白は、魂の根源を揺さぶる『深淵』のPPだ! しかも、あの神聖ルーン文字! ただのデザインじゃない……あれは間違いなく、何らかの魔術的な効果を持つ古代文字の様式だ。パンツにこれほどの装飾を施すとは……なんという芸術品、いや、もはや国宝級の魔法具(アーティファクト)じゃないか! これが、天使のパンツ……!! まさにダブルパンツフィーバーッッ!!)


 俺が魔力光という名の鼻血を噴き出しながら狂喜乱舞している間にも、人間界の時間は進む。

 宙返りから着地した大天使は、そのまま剣を弾かれた衝撃でしりもちをつき、無防備になった相手騎士の目前に、音もなく移動していた。

 その手にいつの間にか握られていた光の剣の切っ先が、彼の喉元にぴたりと突きつけられる。

 

「あ……ま、参りました……」

 相手騎士は、自分が何に負けたのかも理解できないまま、呆然とした表情で敗北を宣言した。


「…………しょ、勝者、セシリアァァァッ!!」

 試験官の、裏返った震える声が静まり返った訓練場に響き渡る。

 セシリア自身も、目の前で起きた奇跡に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「だ……大天使様が……私の目の前に……?」


 そして、精霊界で。

 俺は、先ほどのダブル・パンツ・ポイントが、そのまま俺の保有魔力に加算されているのを確認し、新たなるビジネスモデルの確立に打ち震えていた。


(……まさか、天使のパンツまで拝めてしまうとは……。なんたる僥倖ッ……! これだ……これこそが、俺がこの世界で成すべきことだったんだ……! これはもう、単発の業務委託ではない。顧客の成長に投資し、彼女たちがより高ランクの魔法を使えるようになれば、俺はより高品質なPPを得ることができる……! これは『顧客育成型の投資ビジネス』だ!)


 横で呆けて眺めているポルンをよそに俺の思考は加速する。


(そのためには、まず顧客管理をしっかりしないとな……。そうだ、『お気に入り』機能みたいなものがあれば便利なんだが――)


 ――こうして、一人の聖騎士見習いが伝説への第一歩を踏み出したその裏で、俺は一人の変態……いや、選ばれし精霊として自らの天命(フェチズム)に完全に目覚めたのだった。

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