第6話 聖騎士見習いと、初めての『価格交渉』


 俺がその呪文詠唱が初級天使に届く前――詠唱に割り込む様に行使権を確保しに行くと、俺の意識が人間界の光景へと切り替わった。


【接続対象:セシリア=フォン=アルマイト。ユニークスキル『超高性能鑑定』の補助機能により、直前10秒間の状況をリプレイ再生します】


――再び、俺の脳内に無機質なシステムメッセージが響き渡る。

 同時に、アンナの時と同じように、人間界の光景が神の視点で映し出された。


(またこれか……便利で助かるな)


 そこは、壮麗な城の訓練場。

 豪華な鎧を纏った騎士たちが、一人の少女の戦いを固唾を飲んで見守っていた。

 銀色の鎧に身を包んだ、ブロンドショートボブの美しい少女が必死の形相で剣を構えている。


(……これがセシリアか。なるほど、聖騎士見習いの昇格試験の最中、か)


 ……っ、だが、アンナの時とは違う!

 リプレイ再生と同時に、凄まじい量の情報――これは……周囲の観客たちの思考や感情なのか!?

 ――その様々な情報が濁流のように俺の意識に直接流れ込んできた。


(セシリア、頑張って……!)

(セシリアも強いが、相手はあのギルバートだぞ。地力が違いすぎる)

(ああ、魔法使用回数もおそらく尽きかけている……年に一度の昇格試験も万事休すか)



(……これが、精霊と人間が『対話』する時の特殊な状態なのか? ポルンの奴、こんな大事なこと説明してなかったぞ!?)

 

 ポルンと話をしていて思ったのだが、俺たちは言葉を発していないが、相手の言葉がわかっていた。

 これは精霊特有のものなのだろうが、同様に人間の心の中のつぶやきが、そのまま聞こえてくるのだ。

 精霊同士の会話に限らなかったということか。


 人間の感情が、声となって伝わってくるのだ。

 ノイズも多いが、状況把握にはこれ以上ない。

 なので、周辺からの人間の声で今の状況がなんとなくわかった。


 俺は即座に彼女のステータスを確認する。

 名前は……セシリアか。ふむふむ、聖騎士見習いね。


 ――そして状況は、最悪だった。

 年に一度の、聖騎士団への昇格試験。その最終戦、模擬戦の相手は才能豊かな同僚騎士。

 セシリアは善戦していたが、地力の差はいかんともしがたい。防御魔法を多用させられ、彼女の魔法使用回数は、もうほとんど残っていなかった。


(……なるほどな。昇格試験、魔法枯渇寸前、後がない、と。……最高の舞台じゃないか)


 俺が状況を完全に理解した瞬間、システムメッセージが響き渡る。


【リプレイ再生、終了。現在時刻に接続します】


 視界がリアルタイムに戻る。まさに今、セシリアが最後の力を振り絞り、呪文を完成させた瞬間だ。

相手騎士の剣が、彼女を仕留めるべく振り下ろされようとしている。


 俺が天使への詠唱をハッキングしたような形になっているからな、PPを獲得しないと収拾がつかなくなるぞ。しかしどうやって……


 ――ん?

 止まっている!?


 リプレイ終了のアナウンスを聞いてから、周りが動いていない。

 セシリアの相手の騎士などは、彼女を仕留めるモーションに入っているのだが、剣を振り下ろすような体勢で彫像のように固まっている。観客たちの表情もそのままだ。


 俺だけの意識が、切り離された時間の中に取り残されている。


 (これも、なにか精霊の能力か? それとも俺だけのユニークスキル……なんにしろ、手早く交渉をまとめないとな)


 俺は、彼女にだけ聞こえるように念話で囁きかけた。


『――聞こえるか、見習いの子よ。勝利を、望むか?』

『――っ!? だ、誰ですか!?』


 突然頭の中に響いた声に、セシリアが動揺する。

 俺がコンタクトを取った目の前のセシリアの思考だけは、俺と同じ時間軸になっているようだ。


『我は、汝の祈りに応えし名もなき精霊。汝のその強い想いに免じ力を貸してやろう』

『天使様じゃないのですか? い、いえ……望みます! この一戦に、私の全てがかかっているのです! どうか、お力を!』


 よし、食いついた。彼女の思考……『家名を再興するために』『民を守る聖騎士になるために』……ふむ、実に真面目でよろしい。


 俺は、彼女が唱えた呪文内容を、瞬時に解析する。

 【光輪の呼び声】という聖魔法のようだな。


(……汝が祈った天使は目の前の一撃を受け止めることは出来るが、それだけだ。我の言うとおりにすれば、さらなる力を持つ天使を特別に呼べなくもない。まぁわかりやすく言うと「大天使」だ)


『大天使様……!? それは聖騎士団長様が召喚されるレベルでは……!? そんな事が可能なのですか……!?』


『可能だ。だが、相応の対価を支払ってもらう。汝の魔法使用回数はもう残っておるまい。故に別のものを捧げよ』

『別の、対価…? わたしに出せるものであれば、なんでも……!』

 俺は、笑みを心の中で浮かべながら、悪魔の要求を告げた。


『うむ。その場でスカートの裾を少しだけたくし上げ、お前の秘部を覆う布を見せるという、敬虔な「祈りのポーズ」を我に捧げるのだ』


『……ふ、ふざけないでくださいッ!!』

 一瞬の沈黙の後、セシリアの悲鳴のような心の声が、俺の脳内に響き渡る。


『破廉恥です! この神聖な試験の場で、そのような……!』

『嫌か? 嫌なら良い。では、せいぜい無様に負けるがいい。お前の夢も家名の未来も、ここで終わりだな。 だが、いまこの瞬間、我と汝の世界は外界と時の流れが異なる。汝が何を行ったとしても周りの者に見られる心配はない……』


『くっ……!』

 高潔なプライドと、昇格への強い想い。

 彼女の中で、天秤が激しく揺れ動く。

 そして――

『……わ、分かりました……。やります……やりますわ……!』

 彼女は、屈辱に顔を真っ赤に染め、少し涙を浮かべながら、震える手でスカートの裾をほんの少しだけ持ち上げた。


 !?、予想外の……黒!

 しかもパンツ先端角は約六十度!


 ――その瞬間。

 ドクンッ!!!!


【対象:聖騎士見習いセシリア】

【観測内容:漆黒のシルクパンツ&羞恥のスカートたくし上げポーズ】

【評価:Sランク】

【生成PP:15,000 over!】

【結果:聖魔法『光輪の呼び声』を超絶ブースト!『大天使召喚』に強制改変!】



 純粋な羞恥心から生まれた、極上のPPが俺の中に流れ込む。俺はそのエネルギーを使い、呪文コードを強引にハッキングした!


 詠唱修正完了!

 ――それと同時に、時間の流れが通常に戻る。


 次の瞬間、セシリアの前に本来現れるはずの小さな魔法陣ではなく、訓練場の床そのものが一つの巨大な魔法陣へと変わった。

 黄金の光が天を突き、荘厳な聖歌のような音が響き渡る。


「な、なんだこれは!? 聖魔法の範疇を超えているぞ!」

 試験官たちが絶叫する。


 そして光の中から、音もなく一体の存在が舞い降りた。

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