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「―― 二学期は学園祭や体育祭など数多くの行事が控えています。これらを成功させるためには生徒一人ひとりの協力が不可欠です。

 生徒会は皆さんが全力を尽くし、全力楽しめるように裏でサポートし続けます。どんな小さなことでも構いません。困ったことがあれば遠慮なく言ってください」

 体育館のステージの上。その中央に立ち、全校生徒を前にして神栖悠真かみすゆうまは生徒会長としてスピーチをしていた。


 正直、生徒総会のスピーチなんて定例業務の一つにすぎない。毎学期ごとにあるし内容も「はいはい。またいつもやつね」で済む薄さだ。真面目に聞く理由なんてない。

 半分近い生徒が周囲との小声での会話で盛り上がっているし残りの半分がぼんやりと宙を眺めていたり眠気と格闘していて話なんてこれっぽっちも聞いちゃいない。それが普通の光景だ。

 だが悠真は普通ではなかった。

 その圧倒的な容姿と堂々とした佇まいは舞台役者ようだった。人の視線を自然と惹きつける。

 姿勢も歩く姿も原稿を捲るその小さな仕草もどれをとっても気品がある。

 そして口から放たれる言葉は不思議な引力があった。誰もが目を奪われ誰もが耳を傾けていた。

 カリスマ性と求心力が段違いだった。

 しんと静まり返る体育館に、悠真の透き通った芯のある声だけが響いていた。



 それを俺たち生徒会メンバーは舞台袖という特等席で聞いている。

「やっぱり神栖会長はいつ見ても素敵です。イケメンすぎます」

 横にいる一年生で後輩、会計の焼島やけじまが惚れ惚れとした表情で呟く。

 テンションの上がった焼島はキラキラとしてした目のまま俺の方にぐいっと向き直った。

梶ヶ谷かじがや先輩って神栖会長とは幼馴染って話、本当なんですか?」

「うん? あぁそうだよ。地元が近くで小学校の途中で悠真が転校していくまでは毎日のように一緒に遊んでたよ」

「子供の頃の可愛い神栖会長を知っているなんて羨ましいです。やっぱり前から凄かったですか?」

「今と変わらずイケメンで勉強も運動もなんでも出来てみんなの中心いるタイプだったな」

「やっぱり幼少期からエリート! なんて言ったってあの神栖グループの社長の一人息子なんですから。将来、神栖グループ背負うですもんね」

 神栖グループ。日本でその名を知らない人はいない企業グループだ。ルーツは戦前の神栖財閥にあるとか。

 悠真の父親を含め親族がグループ内の会社社長などの重要な役職を務めている。つまり悠真は生まれながらにして将来の神栖グループの中核を担うことが約束されたポジションにいることになる。

「そうだよな。色々背負ってるよな……息子なんだから」

“一人息子”という単語に胸の奥がチクッと痛んだ。けれど今はそういう事になっている。余計な違和感は喉の奥に追いやって無理に飲み込んだ。


 気付けば焼島のキラキラした視線は再びステージ上の悠真へと戻っていた。

 俺もつられて悠真に視線を向ける。

 色白で透き通るような綺麗な肌には汗一つ浮かんでいない。

 ついさっきがあったというのに微塵も動揺を見せず、生徒会長としての責務を涼しい顔で全うする姿は尊敬としか言いようがない。


「あの、さっきから言おうと思ってたんですけど……梶ヶ谷かじがや先輩は何かあったんですか? 今にも死にそうな顔してますけど」

 後輩の唐突な鋭い指摘に思わずたじろぐ。

「えっ……俺って今そんなにやばい顔してる?」

「やばいですね。顔面蒼白で汗の量が尋常じゃないです。ちょっと引くレベルです。……何かあったんですか?」

「ま、まさか。何もないよ。あはは」

 ジトーっと訝しむ焼島の視線を感じつつも目を逸らす。


 ――そりゃ動揺するに決まってるだろ。

 俺と悠真の間に起きた

 今でも何かの間違いだと思いたい。可能ならば時計の針を戻して無かったことにしたい。

 事の発端は三十分前まで遡る。

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