第2話

控え室に戻ると、

母セリーナが不安そうに娘を抱き寄せた。


王妃は重い口調で告げる。


「——ルナリア。

あなたはこのまま都では育てられません」


「え……?」


「灰石は、本来“魔力が無い”とされる。

だが……時に“覚醒”する例があるのです。

それを見極められる家が一つだけある」


セリーナが娘の手を握る。


「ルナリア。

あなたのお姉さま……サリナが嫁いだフロリナイト伯爵領へ行くのですよ」


サリナ。

幼いころからよく世話をしてくれた、優しく誇り高い姉。


王妃は続ける。


「フロリナイト家には、

古代よりスターレムと縁深い“グランディディエライト”の大鉱山があります。

灰の光の正体を安全に見極められるのは、あの家だけです」


ルナリアは唇を噛んだ。


不安だった。

自分が“石のない娘”として追い出されるのではないかと。


しかし母は娘の頬に手を添えた。


「大丈夫。

あなたは何も失っていません。

ただ……まだ“目覚めていない”だけ」


その言葉は、胸の奥の暗い部分に小さな光を灯した。



翌日。

冬の山道を進む馬車の中、ルナリアは窓の外を見つめた。


(あの青い光……なんだったんだろう)


灰の中に、一筋だけ微かに染み込んだ青。

それは不思議と胸を熱くしていた。


——それこそが、

スターレムが“眠ったまま息をした証”だったのだけれど、

ルナリアはまだ知らない。


やがて馬車は止まる。


白い石造りの門。

青緑の光が淡く揺れる屋敷。

空気には鉱石の香り。


出迎えたのは、落ち着いた青年だった。


「初めまして。

ライネル・フロリナイトです。

サリナの夫で……あなたの義兄にあたります」


柔らかな眼差しに、ルナリアの緊張が少し解ける。


玄関から懐かしい声が響いた。


「ルナリア!」


サリナが駆け寄り、妹を抱きしめた。


「よく来たわ……本当に大変だったでしょう?」


その温かさに、ルナリアは思わず涙が滲んだ。



フロリナイト家の廊下は、

壁一面にグランディディエライトがはめ込まれ、淡い光を放っていた。


その奥で伯爵夫妻が迎える。


「長旅、お疲れさまでした」

伯爵夫人クラウディアが優しく微笑む。

「灰は、光を宿す前の空の色。焦らなくていいのですよ」


伯爵レオニールが静かに続ける。


「この家でしばらく過ごしなさい。

あなたの“灰”が何を意味するのか……

この地がきっと教えてくれる」


その夜。

ルナリアははじめて奇妙な夢を見る。


星の海。

その真ん中で、蝶のような青い光が羽ばたいている夢。


——それが、

スターレムの“最初の呼吸”だとは知らないまま。

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スターレム-星の蝶と灰石の娘- 桜愛 @Mgvyffjsgyfci13

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