第16話 好意を食べる魔獣、よりによってここに出る
ハルミナの午前。
白い診療所の前には、もう“いつもの風景”ができていた。
• 役所が配った「告白届(かわいい版)」を持って並ぶ子
• 花屋で“応援してますの赤”に薄められた花を抱えてくる子
• ユノのカメラに「きょうは薄いやつにしまーす♡」って手を振る子
• それをリゼが「はい、じゃあ一度見せてくださいね」と一人ずつ受け取る光景
この街、完成度だけ見ればすでに“告白安全化モデル都市”だった。
――そこに。
「きゃっ!? なにこれ!!」
花屋の裏、香草の箱が積んであるところから、もわっとしたものが飛び出した。
丸い。
子犬サイズ。
でも毛じゃなくて、桃色のもやがぐるぐるしてる。
耳はあるようでないようで、しっぽだけがぷにっとハートっぽく動いてる。
目はつぶらで、ぜんぜん悪そうに見えない。
「……おいおい、よりによってこれか」
ナギトが一歩、すっと前に出る。表情が戦場のときのやつになる。
「え、なにあれ! 新モンスター!?」「かわいくない!?」「撮っていい!?」
「撮るな、たぶんこれ“好意を食うやつ”だ」
ユノが「最高~~!!」って言いながらもう撮ってる。肩のカメラがきゅいんとズームした。
もわもわは、ふらふらと一番近くの女の子に寄った。
その子が持ってた紙には、今日の一行が書いてある。
『きょうも元気でいてくれてうれしいです』
安全寄り。最も無害なやつ。
魔獣はそれをぺろっとひとなめした。
次の瞬間――からだ全体が、ぽんっとふくらんで、桃色があざやかな赤に変わった。
「うわ、色変わった!」「かわいい~!」
「かわいくねえ、あれ蓄積するタイプだ」
ナギトが眉を寄せる。声にちょっとだけ焦りが混ざった。
「“好意型寄生獣(ベビー)”。一定量たまると“この場で一番近い本体”にまとめて吐く。ここでやられたら俺に来る」
「え、じゃあ“告白禁止の人”が一番ターゲットってことですか?」
声のしたほうを見たら、紺ローブに幼い銀髪――セラがまた来ていた。手には買い物袋。ほんとは休みなのに、完全に仕事の顔。
「そういうことだ。だから“好き”をばらまくな。回収するぞ」
リゼがすぐ動いた。
白ワンピの袖をふわっと払うと、診療所の前に仕分け用の小机がぽん、と現れる。
その上に、例の丸文字で書かれた紙がずらっと並んだ。
• 「今日も無事でいてくれてありがとう」(安全)
• 「また会えたら嬉しいです」(安全)
• 「助けてくれて嬉しかったです」(安全)
「本日は、この3種をメインにしましょう。これなら魔獣が食べてもそこまで濃くなりません」
「“そこまで”って言うな」
女の子たちは素直だった。紙をひょいひょい持ってきては、机に置いていく。
……が、一人だけ、港の水色ワンピ――ミーナが元気に手を振る。今日は遊びに来ていたみたいだ。
「じゃああたしの“渦に巻かれても離さないからね”もここに――」
「それは魔獣にも食わせるな」
「え~~~!」
ミーナがほっぺをふくらませた、その横で。
もわもわはまた一枚、落ちていた“匿名ボックス”の紙をぺろっ。
『あなたのことだけ考えてます』
ボフッ。
今度は濃い赤になった。もやが重くなる。ふわふわだった輪郭が、ちょっとだけどろっとしてきた。
「やば。これもう半分くらい溜まってるじゃん」
ユノがカメラ越しに言う。ナギトはもう剣の柄に手をかけていた。
でも抜かない。斬っても“吐き先”は消えないからだ。
「こいつは倒すんじゃなくて、吐き先を変える。俺に向く前に、別の“受け皿”を突き出す」
「受け皿って誰がやるんですか?」
リゼが任せろと言った感じで一歩出かかったので、ナギトは即止める。
「お前はだめだ。お前の中で増幅する」
「そうですね」
即答すんな。
「じゃああたしでよくない!? 魔法の力でなんか耐える系のやつでしょそれ!」
そこへ、カンナが元気に手を挙げる。
「お前は“溜め込んだらナギトすき!”になるからだめだ」
「くそ~~!! いつもそれで外される~~!!」
(……誰に吐かせるか)
ナギトは一瞬だけ周囲を見回して――診療所の中にある、リゼが治療練習に使っている魔力マネキンに目を止めた。
人の形をしてるけど感情はない。流れを確認するだけの“空っぽの器”。
「リゼ、あれ出せ。使うぞ」
「はい、こちらに」
リゼが両手をかざすと、白いドアからマネキンがずるっと出てきた。
その胸に、リゼがさらっと紙を貼る。
『きょうの好き、ここにどうぞ』
「おーい。こっちだ、もわもわ。吐くならここで吐け」
ナギトが指さすと、魔獣はつぶらな目でじっと見て――
ぱかっと口を開けた。
どろっ。
マネキンの前に、“この場で出回っていた好意”がぜんぶ混ざった一文が、液体みたいに落ちる。
『あなたがだれを選んでも味方でいるから無事でいて渦に巻かれても沈んでも一緒に閉じ込めて殺すほど好き』
「混ざると殺意上がるな!!!」
ナギトが即座に剣の柄でどすっと叩きつける。
文が“びしゃっ”と四散する。
リゼも同時に回復陣を三重に重ねて、文を強制的に分解する。
「はい、“渦に巻かれても”“沈んでも”“閉じ込めて”“殺すほど”は削除します。――“また会えたら嬉しいです”まで下げますね」
魔法陣が走るたびに、ヤバい単語がぽんぽん外に弾かれていく。
外に弾かれた単語は、精霊ナースが「はいアウト♡」と回収していく。いつもどおりだ。
セラがその一部始終を、目をきらっとさせて見ていた。
「……なるほど。複数人の“軽い好き”でも、混ざると致死ラインに乗るんですね」
「そうだ。だからお前んとこの“ちょっと危ないフレーズ回してるだけの子たち”も、同じ場所に集めるな」
「はい。――“集積型の好意は実地で危ない”として上に報告します」
「報告すんなっていつも言ってんだろ」
「でもこれ、上が一番好きなやつなので」
ほんとににこっとするな。
そのとき、後ろで控えていたマリアが、おそるおそる手を挙げた。
「あの……じゃあ、わたしの“言わないで好きでいます”は、食べられないですか?」
「食べられない。お前のは、外に出てないから」
「よかった……」
マリアが胸を押さえて、ふぅっと息を吐く。
ナギトの視界で、マリアの糸だけが静かな赤でぴたっと止まっていた。
(……やっぱ一番安全なのはこれなんだよな。出さずに好きでいるやつ)
と、ナギトが考えていたら。
「なるほど。ここまでが本日の“現場処理”ですね」
落ち着いた女の声が、通りの端からした。
見ると、紺のローブ。
でもセラより裾の銀いばらが多くて、模様が細かい。
髪は黒髪ロングを高めにまとめた大人寄り。目はスモークブルーで、口角だけほんのすこし上がっている。
「荊本部・監査担当のヴェルネ=ラシェルです。ハルミナでの“好意の一次処理”が実際どう行われているか、確認に参りました」
「……また増えたな荊」
ナギトは額を押さえた。
ユノがすかさずカメラに向き直る。
「はい今日のハイライト! “好意を食べる魔獣がよりによって告白密度MAXの街に出たので、みんなで吐き先をマネキンにしました”!!」
「タイトルが事件簿なんだよ毎回!!」
でも――
“吐き先を変えれば防げる”“混ざるとヤバくなる”
この二つが街のみんなにも分かって、今日はそれでよし、ということになった。
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