第15話 花言葉が危険すぎる
ハルミナ中央通り。
朝の日が石畳にさして、人通りが増えはじめたころ――通りの角に、見慣れない可愛い看板が立った。
『告白禁止さんにも贈れる♡ 安全花束専門店・ハルミナブーケ』
店先には、丸いガラス瓶に入った花、リボン付きの小さなブーケ、淡い色のリース。
どれも「重くないです♡」って顔をしている。
「……ついに花屋まで参戦したか」
ナギトが眉を寄せて近づくと、もう女の子たちがキャッキャしていた。
「見て見て、“きょうも元気でよかったですブーケ”!」
「こっち“また会えたら嬉しいですリース”だって~!」
「“他の女の人いらないよね花束”は?」
「それは置くな」
ナギトが即ツッコむと、女の子たちは「やっぱダメか~」って笑う。
完全に遊び半分だ。だがそれが一番怖い。
そこへ、白ワンピのリゼがすっと歩いてきた。
今日は髪を後ろでまとめて、薄い水色のリボンを小さく結んでいる。店先に立つと、ほんとに受付嬢。
「かわいいですね……。でも“情熱の赤”はナギトさんには強すぎます」
「お前、花言葉までチェックすんのか」
「“情熱”は、“他を焼くほど”と解釈されるおそれがありますので」
「焼くな俺を」
リゼは札の角に指をすべらせて、ちらっと光らせた。魔力でさらっと書き換わる。
『情熱の赤』→『応援してますの赤』
「はい、これでセーフです」
「花まで薄めるな……」
木の上からユノが身を乗り出す。肩のカメラが光る。
「いいね~! “花でも危ないので薄めました”回でーす! 街の女子のみんな見てる~?」
「そんな回を定期にするな」
店の奥から、エプロン姿の店主が出てきた。
手には、真っ赤なバラの花束。リボンも赤。どう見ても“本番用”。
「こちら、新作の――」
「没収」
「はやっ!?」
ナギトが取った瞬間、視界の奥で、何本かの“好意の糸”がふっと色を増した。
渡してもいないのに、“それを持ってる俺”に向かって濃くなる。
(……やっぱ“渡す前に盛り上がるやつ”が一番やべえ)
リゼもすぐ横でうなずく。
「花は、“手を伸ばす行為”がすでに好意ですから。ここに“永遠に”や“あなただけ”が混ざると、たぶん倒れます」
「花で倒れたくねえな……」
そのとき。
「……やっぱり花に行きましたか」
涼しい声。
振り向くと、紺色のローブに、幼めの銀髪を胸のところでまとめたセラが立っていた。
今日は買い物袋を提げてる。けど目だけは仕事中のそれ。
「お前、休みの日も来んのか」
「花言葉はロマンがありますから。上が好きです」
「上、好きなもん多すぎだろ」
セラは花束の札を一つ取って、さらっと読み上げた。
「『わたしがあなたを見つめている時間だけ、あなたはわたしを愛してください』」
その一行が、空気をすこしだけ甘くする。
続けていない。相手も指定してない。なのに“形”が完成してる。
次の瞬間、ナギトの胸がきゅっと詰まった。
「……っと、これちょっと来るな」
片手で胸元を押さえ、軽く前かがみになる。
呼吸が一拍浅くなって、額にうっすら汗。倒れはしない。でも体が「これ本物寄りだぞ」と言ってる。
リゼがすぐに小型の回復陣を当てた。白い光が胸にしみる。
「はい、“花に仕込まれた届く系”でした。いまのはギリです」
周りの女の子たちが「また大げさにしてる~」「花で苦しむってなに~」って笑う。
ユノはカメラを寄せて「演出としては120点でーす!」と満面の笑み。
(しかも今の、セラは俺のこと好きじゃねえんだよな……
“ただきれいだから読む”だけでも刺さるって、どんだけ俺の仕様バカなんだよ。
好きでもねえ女の子の“いい台詞”でもある程度効果があるとか、理不尽ポイント高すぎる)
ナギトは心の中でだけ毒をはいた。
ちょうどそのとき、小さな足音。
「ナギトさん!」
マリアが白い小束を抱えて走ってくる。
小さい白い花と、薄い緑の葉。中には手書きのカード。
『今日も無事でいてくれて嬉しいです』
「……これはセーフだな」
受け取ると、マリアがほっとして、ほんのり頬を染める。
それを見た店主が「ああ、こういう線で並べればいいのか」とうなずいた。
セラがすかさず革のファイルを開いてメモ。
「“花+薄めカード”は安全。――上に出しておきますね」
「出すな。花くらい自由に贈らせろ」
「自由にすると、“永遠の愛をここに”ってすぐ書きますよ。みんな」
「書きそう~~!」
ユノが笑ってる。木の上のカメラがくるくる回る。
リゼが店主に向き直って、最後にていねいに言った。
「――それと、“薔薇だけの束”はナギトさんには近づけないでください。窒息しますので」
「花で窒息ってなんだよ」
周りはまだ「またまた~」と笑ってる。
ナギトだけが、ほんの少し胸をさすりながら思った。
(やっぱり一番怖ぇのは、“誰が言ったか”じゃなくて“どれだけ完成してるか”か……
この街、上手いこと言うやつが増えれば増えるほど、俺の寿命減るじゃねえか)
通りには、あいかわらずかわいい花が並んでいた。
でもその日から、赤いのとハートのやつだけは、そっと奥に下げられた。
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