【企画】ハロウィンゾンビの落とし物(異世界でハロウィン)

篠崎リム

異世界でハロウィン

 貧しい少年ジャックは、この日を指折り数えて待っていた。

 街で開かれるハロウィン仮装大会

 優勝賞品は、なんと――憧れのTVゲームセットだ。


 お金のないジャックは、母に頼み込み、古くなったシーツを一枚もらった。

 穴を開け、それを頭からスポッとかぶれば……即席のおばけの完成である。


 意気揚々と街へ向かう途中、白く濁った霧が道を包み込み、気がつくと、見慣れぬ街角に立っていた。


 目の前に立つ立て札には、こう書かれていた。


 ――“ニンゲン ヤツザキ”


 嫌な言葉だなと思いながら、周りを見渡したジャックの目に飛び込んできたのは、

 見たこともない光景だった。


 通りを歩くのは、人間ではなかった。

 鋭い牙を光らせる狼男、ほうきを抱えた魔女、骨の音を鳴らしながら笑う骸骨、そして頭がまるごとかぼちゃの男――。


 どの顔も恐ろしく、それでいてどこか楽しげだ。


 あまりの光景に立ち止まっていると、後ろから押し寄せる人(?)の波に流され、

 ジャックはどんどん街の奥へと押し込まれていった。


 その時。

 目の前を通り過ぎたハロウィンゾンビのような者が、ヒラヒラと何かを落とした。


 それは汚れた紙切れ。

 地面に舞い落ちるのを見て、ジャックはとっさに手を伸ばした。


「すみません! 落としましたよ!」


 声を上げながら顔を上げるが、ゾンビの姿はどこにもない。

 ジャックは手の中の紙切れを見つめた。


 すると、背後から低い声がした。


「坊主。……おまえも“人間仮装大会”に出るのか?」


 振り返ると、そこに立っていたのは狼男だった。


「ふむ、たしかにその足はいい線いってるな。だが――」

 狼男はニヤリと笑い豪快に笑う

「優勝するのは、この俺だぜ!」

「優勝すれば、魔王様がどんな願いでも叶えてくれるらしいぜ。」

 狼男はそう言い残し、会場の方を顎でしゃくった。


 その言葉に惹かれ、ジャックも思わずその後をついていった。


 霧の中を抜けると、広場のような場所に出た。

 入り口では、受付の骸骨がチケットを受け取っていた。

「はい、これで参加登録完了。次の番が君だよ、リトル・ゴースト。」


 会場内へと通されると、ちょうど狼男の出番だった。

 彼はステージに上がると、吠えるように咆哮した。


 その瞬間――

 みるみるうちに姿が変わっていく。


 次の瞬間、ステージに立っていたのは人間の青年だった。

 観客席からはどよめきと喝采の嵐。

 狼男は誇らしげに笑い、深々とお辞儀をした。


「優勝間違いなしだな……」

 ざわめきの中、そんな声がいくつも聞こえた。


 そして、次はいよいよジャックの番だった。


 司会の魔女が声を響かせた。


「さあ続いての挑戦者はリトル・ゴースト!」


 ジャックはごくりと唾をのみ、ステージに上がった。

 布の下で、心臓が激しく鳴っている。


 けれど、観客たちの反応は冷ややかだった。

「なんだ、ただの坊やか」「手抜きすぎるだろ」

 あちこちからクスクスと笑い声が起きる。


 ジャックは少し俯き、意を決して――

 布を放り投げた。


「えぇっと、どうも……」


 その瞬間。


 会場中から、悲鳴が上がった。


「ひっ……!」「な、なんだあれは!?」


 観客がざわめき、逃げ出す者もいた。

 ステージの上に立つジャックの姿を見つめ、誰もが凍りついた。

 白い肌、綺麗な瞳、そして――すらっと伸びた足。


 司会の魔女が声を失い、震える手で杖を握る。

 観覧席の一角で、魔王の側近が顔を上げた。


「こ、これは……なかなかの仮装ですな、魔王様。」


 玉座に腰かけていた魔王が、ゆっくりと目を細めた。

「……ん? あれは――」


 結果発表の時。

 ざわめきが再び広がり、司会の魔女が声を張り上げた。


「優勝は――満場一致で、リトル・ゴーストのジャック!」


 歓声が沸き起こる。

 魔王はジャックの前に歩み寄った。


 司会が言う。

「さあ、ジャック! あなたの願いをお聞かせください!」


 ジャックはうつむき、指先をもじもじと動かした。

「えっと……その……」

 どう言えばいいのか分からず、視線が泳ぐ。


 その時、魔王がそっと身を屈めた。


(……元の世界へ帰りたいのだろう?)


 ジャックはハッとして顔を上げた。

 そして、小さくうなずいた。


「……よいだろう。おまえの願い、叶えてやる。」


「君がいつか死んだ時は、歓迎しよう。」


 次に目を開けた時――そこはもう、あの異界ではなかった。


 気がつけば、ジャックは霧の晴れた街の外れに立っていた。


「……帰ってこれたんだ」


 胸の鼓動を確かめるように手を当て。

 ふと、何かを握っていることに気づいた。


 手のひらを開くと、そこには見たことのない色の飴玉がひとつ。

 紫でも青でもない、不思議な光を放っていた。


 その時――再び、あの低い声が耳に響く。


「それを舐めている間は、人間が最も恐れる姿に見えるだろう。それで、おまえの願いを、叶えるといい。」


 声は風に溶け、消えていった。


 ジャックは飴玉を見つめ、そっと微笑んだ。

 そして、空を仰いで静かに呟いた。


「ありがとう、魔王さま。」


 そう言うと、彼は再び街の方へと歩き出した。

 ――ハロウィン仮装大会の会場へ向かって。


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