第4話 “安全だから1社でいいだろ”って言った日が赤くなる

水曜の午前。

こっちは「買う前に3行+見る日」でわいわいやってるころ、元の会社の全体チャットがざわついた。


【投資部門】

本日より、××インフラHDの比率を高めます。

長期黒字で安全と判断しました。


出た。“安全と判断しました”。


俺はスクショを3人に見せた。


「これが“減るって言わない部署”です」


ノノが首をかしげる。


「でも“安全”って書いてあるから安全なんじゃないんですか?」


「“長く黒字だから安全”ってだけです。

 “今日は高値だから一回待つ”が入ってないので、いま全部行ったってことです」


「いま全部……」


千紗が即、証券アプリでその銘柄を引いた。

ローソク足を見て、すぐ顔が曇る。


「これ、ここ最近でいちばん高いですよね」


「はい。だから普通は“ここから3%下がるかもな”を想定してから買います。

 でもあそこは“安全だから”でそのまま行く。

 =“安全なら高くてもいいでしょ”の発想です」


真白が「こわ……」と小さく言った。


 



30分後。


【投資部門】

市場全体の調整により一時的に下落しています。

当社としてはホールドの方針です。安全です。


「ほら落ちた」


俺が言うと3人が前のめりになる。


「“市場全体”のせいにした!!」


「“一時的”って言いました!!」


「“安全です”また言ってる!!」


「そう。ここがコメディポイントです」


俺はホワイトボードにでかく書いた。


✖ 落ちた → 安全です

〇 落ちた → どこまでなら持つか書く


「“安全”って言葉は、ほんとは落ちたときに使っちゃダメなんです。

 “ここまでは想定してたので大丈夫です”って数字で言う。

 でもあそこは数字を出すと“ほんとは安全じゃなかった”がバレるから、“安全です”って繰り返す」


千紗が「それ、親戚がやってるダイエットと同じ…」って顔をした。


 



お昼すぎ。

またチャット。


【投資部門】

××インフラHD、前日比▲2.8%です。

長期的に見て安全です。


「……もう笑ってるよね、これ」


マコじゃない今回は真白が吹いた。


「“安全です”の文字数が増えていくの、めっちゃ面白いです」


ノノもノリノリで言う。


「“安全です(震え声)”って書いてません?」


「心の中では書いてますね」


俺たちはさっき作った自分たちの投資ノートを見比べた。

• 買った理由:決算で上方修正

• 金額:1人5,000円まで

• やめる価格:−3%

• 見る日:金曜


「こっちのほうが安心じゃないですか」


「安心です」


「“減ったらこうする”って先にあると、ドキドキしないですね」


「しないです。“安全です”を3回書くより、最初に“ここまで”って書いたほうが早いです」


 



夕方。

元職場から俺にだけ個別でメッセージが飛んできた。御堂じゃなくて、あのとき黙ってた若手。


若手:

長谷川さんがいたときは“ここまで下がったらやめる”って最初に紙出してましたよね

今回それがなくて、ずっと「安全です」って言ってます

これ、どこまで言っていいんですかね…


俺はすぐ返した。


凛:

「今回は3%落ちたので、いったん半分にします」まで言うとみんな助かります。

“安全です”だけだと誰も動けません。


数分してから、投資部門全体にこんなのが出た。


【投資部門・追記】

現在▲3%のため、念のため一部を現金化します。

残りは引き続き安全です。


「ほら、言えた」


俺が言うと、3人が同時にガッツポーズした。


「やっぱり“どこでやめるか”を書いたほうが安全じゃないですか!」


「“安全です”だけより絶対安全です!」


「“残りは安全です”はまだ面白いけど!」


俺は笑いながらホワイトボードを丸で囲った。


今日の学び

・安全なら最初に数字を出す

・“安全です”を連打すると面白くなる

・株がわからない人ほど“全部ここでいいじゃん”と言う


これで、うちのほうが「ちゃんと投資してる感じ」になった。

向こうは今日も、モニターの赤を見ながら「安全です」って書いてるはずだ。

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