第4話 “安全だから1社でいいだろ”って言った日が赤くなる
水曜の午前。
こっちは「買う前に3行+見る日」でわいわいやってるころ、元の会社の全体チャットがざわついた。
【投資部門】
本日より、××インフラHDの比率を高めます。
長期黒字で安全と判断しました。
出た。“安全と判断しました”。
俺はスクショを3人に見せた。
「これが“減るって言わない部署”です」
ノノが首をかしげる。
「でも“安全”って書いてあるから安全なんじゃないんですか?」
「“長く黒字だから安全”ってだけです。
“今日は高値だから一回待つ”が入ってないので、いま全部行ったってことです」
「いま全部……」
千紗が即、証券アプリでその銘柄を引いた。
ローソク足を見て、すぐ顔が曇る。
「これ、ここ最近でいちばん高いですよね」
「はい。だから普通は“ここから3%下がるかもな”を想定してから買います。
でもあそこは“安全だから”でそのまま行く。
=“安全なら高くてもいいでしょ”の発想です」
真白が「こわ……」と小さく言った。
◇
30分後。
【投資部門】
市場全体の調整により一時的に下落しています。
当社としてはホールドの方針です。安全です。
「ほら落ちた」
俺が言うと3人が前のめりになる。
「“市場全体”のせいにした!!」
「“一時的”って言いました!!」
「“安全です”また言ってる!!」
「そう。ここがコメディポイントです」
俺はホワイトボードにでかく書いた。
✖ 落ちた → 安全です
〇 落ちた → どこまでなら持つか書く
「“安全”って言葉は、ほんとは落ちたときに使っちゃダメなんです。
“ここまでは想定してたので大丈夫です”って数字で言う。
でもあそこは数字を出すと“ほんとは安全じゃなかった”がバレるから、“安全です”って繰り返す」
千紗が「それ、親戚がやってるダイエットと同じ…」って顔をした。
◇
お昼すぎ。
またチャット。
【投資部門】
××インフラHD、前日比▲2.8%です。
長期的に見て安全です。
「……もう笑ってるよね、これ」
マコじゃない今回は真白が吹いた。
「“安全です”の文字数が増えていくの、めっちゃ面白いです」
ノノもノリノリで言う。
「“安全です(震え声)”って書いてません?」
「心の中では書いてますね」
俺たちはさっき作った自分たちの投資ノートを見比べた。
• 買った理由:決算で上方修正
• 金額:1人5,000円まで
• やめる価格:−3%
• 見る日:金曜
「こっちのほうが安心じゃないですか」
「安心です」
「“減ったらこうする”って先にあると、ドキドキしないですね」
「しないです。“安全です”を3回書くより、最初に“ここまで”って書いたほうが早いです」
◇
夕方。
元職場から俺にだけ個別でメッセージが飛んできた。御堂じゃなくて、あのとき黙ってた若手。
若手:
長谷川さんがいたときは“ここまで下がったらやめる”って最初に紙出してましたよね
今回それがなくて、ずっと「安全です」って言ってます
これ、どこまで言っていいんですかね…
俺はすぐ返した。
凛:
「今回は3%落ちたので、いったん半分にします」まで言うとみんな助かります。
“安全です”だけだと誰も動けません。
数分してから、投資部門全体にこんなのが出た。
【投資部門・追記】
現在▲3%のため、念のため一部を現金化します。
残りは引き続き安全です。
「ほら、言えた」
俺が言うと、3人が同時にガッツポーズした。
「やっぱり“どこでやめるか”を書いたほうが安全じゃないですか!」
「“安全です”だけより絶対安全です!」
「“残りは安全です”はまだ面白いけど!」
俺は笑いながらホワイトボードを丸で囲った。
今日の学び
・安全なら最初に数字を出す
・“安全です”を連打すると面白くなる
・株がわからない人ほど“全部ここでいいじゃん”と言う
これで、うちのほうが「ちゃんと投資してる感じ」になった。
向こうは今日も、モニターの赤を見ながら「安全です」って書いてるはずだ。
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