第3話 “知ってる会社だから”を理由にするなって3回言われた日
火曜の朝。
ホワイトボードには昨日の3行がまだ残ってる。
①何を見て選んだか
②いくら入れるか
③どこでやめるか(数字)
俺はさらに赤で書き足した。
④“知ってるから”は理由にならない
「今日はこれを体で覚えてもらいます」
そう言った瞬間、千紗が「あっ……」って顔をした。
何か心当たりあるな?
「千紗さん、はい発表」
「えええ一番ですか……」
ノートPCをくるっとこっちに向ける。
そこには昨日作ってたメモの続きが出ていた。
銘柄:〇〇商事
①昔からあるし、テレビで見る
②3000円
③下がったらやめる
「はい3つダメ」
「えっ!?3つとも!?」
「①“昔からあるしテレビで見る”は“知ってるから”です。
“何を見たか”じゃなくて“何を見てきたか”になってます。
②金額がきりいいだけです。
③“下がったらやめる”は数字がないので無効です」
「……」
千紗はすごくしょんぼりした顔をして、でもちゃんと打ち直した。
「じゃあ①は“中期計画で在庫が改善してる”とか……」
「そう、それ。決算書で見たことを書いて」
「②は“今月の余力1万円のうち3,000円にする”でいいですか」
「いいです。③は“5%下がったら”にして」
「……できました」
「はい合格。株っぽくなった」
ぱちぱちぱち、とノノと真白が拍手する。
さっきまでのメモから、急に「投資してる感じ」が出た。
「じゃあ次ノノさん」
「は、はい。私は……これです」
ノノの画面にはこうあった。
銘柄:××フーズ
①よく食べる
②5,500円
③5,000円まで下がったらやめる
「はい2つダメ」
「えっ!?私も!?」
「①“よく食べる”は、あなたの胃の話です。
“会社が伸びてる”じゃなくて“私が好き”になってる。
②はいい。③がダメ。“5,000円まで下がったらやめる”って、いまいくらか見ました?」
「……見てません」
「見てください。いま2,700円です」
「ぜんぜん違った……!」
「2,700円の株が5,000円まで下がるってどういう状況か想像しましょう」
「世界の法則が乱れる……」
「そうです」
全員が笑った。ここ、教えるのが楽だ。
「じゃあ③は“2,430円まで下がったら”って数字で書きましょう。
2,700円×0.9で2,430円。ここまでなら“あ、ちょっと逆行したな”で済む」
「0.9ってどうやって出しました?」
「電卓です」
「電卓でいいんだ……」
「投資ですけど電卓でいいです」
ノノはすごく安心した顔をして、電卓を叩き始めた。
「じゃあ最後真白さん」
真白は最初から自分のをきれいなレイアウトにしていた。
さすが資料係。
銘柄:△△電機
①新聞で新工場のニュースを見た
②来月までに1万円までなら
③3%逆行したらいったん外す
※この理由なら投資委員会に通りやすいと思われる
「おお」
「ちゃんとしてる……」
「真白さんは③まで書けてるので、これを今日の“お手本”にします。
でもひとつだけ足すなら“いつ見るか”も書いてください。
“来月チェック”って書いておけば、今日じわじわ動いても慌てなくて済むので」
「分かりました。“来月中旬チェック”で」
「はい完璧」
ホワイトボードにこう書く。
⑤“いつ見るか”も書く
社長が端っこでずっと見ていたが、そこで口を開いた。
「ねえねえ、これさ、みんなちゃんと書けるようになったらさ、
“うちの投資はこういうふうに考えて買ってます”って外にも言えるよね」
「言えます」
「前に来てたあの人――」
「御堂ですね」
「そう、御堂さんのときは“安全です”の一言しかなかったのよ。
“なんで安全なの?”って聞いたら、“長くある会社だからです”しか出なかったの。
あれだと社長としても“ほんとに?”ってなるじゃん」
「なると思います」
「こうやって書いてあると、“あ、考えてるな”って見えるわけね。
じゃあ、うちはもうこれで行こう。“買う前に3行+1行”」
「了解です」
そこに――ピコン、と俺のスマホが鳴った。
差出人は、元いた会社の共通チャット。
中身は短い。
【投資部門】
さきほどの××フーズ、ちょっと下がりましたがホールドで。
“安全です”
「出た、“安全です”」
俺がぼそっと言うと、3人が一斉にのぞき込んだ。
「安全って何が安全なんですかねこれ」
「ほんとに安全なんですかねこれ」
「“下がりましたが安全です”って、言われたほうどうすればいいんですかね」
「どうしようもないです」
俺はすぐに返した。
長谷川:
“どこまで下がったらもう安全じゃない”かも書いとくと、
読んだ人が安心しますよ
既読になった。
でも返事はなかった。
“そこまで書くと中身がバレる”って顔が透けて見えた。
千紗が小声で言う。
「やっぱり“知ってる会社だから安全”って思ってる人多いんですね」
「多い。だから今日やったのは大事です。
“知ってるから”は理由にならない。
“こういう数字を見たから”にする。
それができれば、株が分からない人でも同じことができます」
ノノがうんうん頷いた。
「これ書いとけば“忘れて持ちっぱなし”もなくなるんですよね」
「なくなります。“見る日”があるから」
「やったー。私、買ったら忘れるタイプなんで」
「そのタイプが一番危ないので、先に書きましょう」
こうして“投資なのに作文になる”現場は、たった1日で“投資っぽいメモになる”現場になった。
これなら、あっちで「減るって言ったらクビ」って騒いでる人たちより、よっぽど投資してる。
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