13:97の國 士官学校の結末


 襲撃者は、野営訓練のおこなわれていた場所近くの山間から現れた。


 避難する者たちの中に、あの目を引く赤と漆黒の軍服だけが見えない。エニフはなぜ、と思うしかなかった。訓練をしていた者たちはさほど離れた距離ではなかったはずだ。現に、二人を除いた全員が緊急事態に一斉に集まった。これも事前に決められていたことだったので、誰も迷わずにいたはずなのに。


「ナナミ、リシウスとニアナがいない! どこかではぐれたのだろうか!?」


 まさかこんな事態になるなんて、誰が予想していただろう? ここは中立の国であり、各国のハンドラー候補生が来る場所だというのにだ。

 ナナミは「まさかな」と洩らす。

「見てねーよ。あいつらなら無事だろ。

 っ、エニフ、退がれ!」

 え、と思った時には遅かった。侵入してきたマギナが、かなり近い距離に居た。量産機らしい無骨さを持つそれを見て、違和感を覚えた。

 あるべき識別証が機体につけられていない。

 学舎や宿舎のあちこちで甲高い警報が鳴り響いている。こんな山ばかりの場所に、なにもないはずの場所に、なぜ、識別証のないマギナが居るのだ?

 練習機とは違って手にはマギナアームズを持っている。棒状の武器ではあるが、もっとも使いやすいものだ。どのマギナも標準装備としてそれを採用しているほどに。


 練習機とは違うのだと、そこにいた誰もが感じた。


 恐怖と混乱のあまり、悲鳴をあげて逃げ出す者がいる。「待て!」とエニフが声をかけた時に風圧が、躊躇ちゅうちょしてその場にとどまっていた者たちの髪をなびかせた。

「きゃあああああ!」

 ラヴァーズ候補の女性士官生が悲鳴をあげたのはその直後だ。マギナの前進によって、逃げ出した生徒が踏み潰されたのだ。あまりにも、あっさりと、ころされた。こんなことで。


 こちらに構わずに目的地へと前進していくマギナは、一機だけではない。巨躯は重量のある音を響かせて目的とされる士官学校へ向かう。なぜあんなところに向かうのかと疑問に思っていたら、倉庫から練習機が入口を破って姿を現した。

「うそ……誰が乗ってるの!? 教官!?」

 あちこちで戸惑いと恐怖がない混ぜになった声が発せられる。しかしエニフの横でナナミが「へえー」とどこか感心したような声を洩らす。

「そういうことかよ……あいつらは、最初からそのためにここにいたのか」

 どういうことだと確認する暇などなく、侵入経路となっている場所からマギナが進行してくる。人間と歩幅が違い過ぎる。とにかく逃げなければとエニフが叫んだ。必死に声をかけて、混乱をおさめようと行動した。


 交戦が始まった。練習機のはずなのに、俊敏な動きで量産機の一体に体当たりをした挙句、武器を奪ったのだ。「えー!?」とナナミが唖然として声をあげた。

「なんじゃあの動き……ロボが人間みたいな動きしてる……」

「ナナミ! ほうけてる場合かっ!

 一機で勝てるわけがない。早く」

 できるだけ距離をとるべきだ。だがマギナの一歩と、人間のそれは大きく違う。安全な場所がそもそもないのだ。練習機が囮のような役割をしてくれてはいるが、人間の足で逃げられる距離には限りがある。


 ここは中立の国のはずだ。それなのになぜここでこんなことが起きているのだ!? すでに一人は死んだ。自分たちはハンドラーの候補生だ。練習機に乗って、戦うべきだろうか。そうするべきだろうか。いや、ただの候補生が、なんの力になるというのか。

 練習機に狙いをつけて陣形を作る量産機は、こちらを気にもしない。勉強した通り、事前に言われた通りにエニフは全員を逃がそうと動く。練習機はひたすら攻撃を耐え、避けていた。その動きはもはやマシンのものではない。人間の動きを完全に再現していたのだ。あんなことを、自分もできるだろうかとエニフは不安になる。


 エニフは自分がどんな言葉をかけて誘導しているのかわからない。マギナ同士の戦闘音が大き過ぎること、警報音もそれに混ざっていることから、掻き消されないように必死に声を張り上げるしかなかったのだ。

 士官学校へ一直線に繋がる細い山道に辿り着いた。ここは本来なら使わないものではあったが、緊急事態だ。整備されているとは言えないその道にそって全員が慎重に進む。駆け下りれば転んだ時に大惨事になる。実際に逃げ出した者が一瞬でぺしゃんこになった。死体を確かめる勇気すら出なかったが、あんな風になることを全員恐れていた。


 気ばかりが急ぎ、荒い呼吸になる。その間にも練習機と量産機の戦闘音は響き渡り、恐怖を掻き立てる。

 歩幅で差がつき始める。女は小走りになり、男は大股で進む。一番後ろにいたのはエニフの班だった。先導しているのはトーだ。乱暴な足取りではあったが、「こっちだ!」と声をかけている。

 逃げる間もナナミはちらちらと練習機のほうへと視線を遣っていた。青ざめたまま無言で歯を食いしばり足早に下りるのはナシラ。その後ろに続いているのはケイドだ。彼はなにか一心に祈っていた。


 あっという間にも、かなりの時間にも感じたが、気が付けば練習機は攻撃に転じていた。遅れがちなケイドを励ますが、彼は軽く首を左右に振った。ナナミがエニフに目配せした。任せろと言わんばかりの笑みを浮かべている。そういえば彼だけはなぜかまったく怖がっていない。

 足の指先に力を入れながら進む。先頭は見えない。見えていたのは、棟と焦がす火と、マギナ同士のやり取りで爆ぜる光によるものだったのだ。目の前のナシラの髪が揺れているのが、必死に焦りを抑えているのがわかる。ナナミは大丈夫かと振り返ると、そこには誰もいなかった。一瞬にして、思考が停止した。きっと大丈夫だという思いと、駆けあがって安否を確かめるべきかと迷いが生まれる。


 ごう


 思わずそちらを見てしまう。音のした方角では、練習機の拳が三倍以上に形状を変えて量産機を下から強力な一撃で宙に飛ばしていたのだ。あまりにも現実味のない光景に唖然としてしまう。量産機は宙を舞っていたが、急にぴた、と動きを止めた。すでに練習機は追撃している。迎え撃つかと思ったが、躊躇もせずに量産機は突然そのまま逃走を開始した。

 ずどん、と地面に量産機が着地する。逃がすまいと練習機がそれを追う。なにか悲鳴のようなものが聞こえた。そちらに視線だけ遣る。戻ってこようとしているナシラがなにか言っている。なに、を。

 エニフは量産機の逃走経路付近にいたため、その凄まじい風圧を感じる暇もなく呆気なく潰された。ナシラはその瞬間を見ていた。絶望に染まった瞳のまま凄まじい風に飛ばされ、木の葉のように舞って地面に強く叩きつけられて、彼女は絶命した。




 死者数、五。負傷者の数はその倍以上だった。むしろ死者の数は少ないほうだ。

 まとめ役の男の姿がないことに気づいたトーは己の臆病さに歯噛みしたが、それでも怪我を負っていた。たった二人、深紅と漆黒の軍服の彼らだけがまったくの無傷で教官からなにか言われていたのだけは、目に入っていた。

 二人は、あの二人だけはいつもとまったく変わらなかった。ニアナは視線をあちこちに移動させていたし、隣のリシウスは無表情のままだ。彼らはこちらを全く気にもしておらず、なにやら報告だけしていた。

 最初から気に入らなかった二人。リシウスの軍服だけはよく見ればほつれている箇所がかなりあった。だがそのことにトーは気づかない。気づくはずもない。

 リシウスが敵を感知するやニアナを抱えて下山し、そのまま二人が練習機を使って戦っていたことなど、知るはずもないのだ。


(なんであいつらが生きてて)


 エニフが死んだのか。

 そして自分は怪我を負ったのか。すべてが理不尽で、怒りに任せてつい、ずかずかと彼らに向けて歩いていた。いつもなら。

 いつもならば、リシウスは拳を振り上げるまで黙っているし、動かない。明確な攻撃意志を見せると対処をするというていだった。だが。

 眼帯で見えないはずなのに、彼はまったくの予備動作なしにトーの左腕を、かすかに上げようとしたそちらを見もせずに軽い動作で払った。予想もしない激痛と、骨の折れる音にトーが思わずその場にうずくまる。

 ゆっくりとリシウスがトーのほうを灰色の隻眼で見遣った。だがすぐに興味が失せたように視線を戻す。

「では準備でき次第、ボクたちは帰国する」

「協力、感謝します!」

 教官の男が深々と礼をしているのを、トーはぽかんとして見ていた。男は痛みに顔を引きつらせるトーを見つめ、呆れたように息を吐いた。

 それはあの二人と、絶望にも近いほど遠い場所にいることを知らせるもので、さらに打ちのめされた。

 世界唯一のハンドラーの士官学校は、そのまま一時閉鎖となった。再開される目途は立たないままなので、帰ることができる状態の者から帰国することとなった。


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