12:97の國 襲撃ー迎撃 後編


 二人はなにを守れとも言われていない。ただ、敵が現れたら撃破、もしくは撃退せよという命令だけを携えて士官生に紛れ込んでいたに過ぎない。

 世界のバランスが崩れる時、再び戦禍が巻き起こるだろう。そしてその瞬間は、来てしまった。


 識別証がないのでニアナには、どの国からの敵かわからない。だがリシウスは気づいてくれる。ニアナにできないこと、わからないことをすべてを補うリシウスならば。

 らちが明かない。

 練習機の強度は上げてはいるが、それでも限界はある。防戦に回っているのはリシウスに止められているからだ。彼がニアナの眼となり、耳となってすべてを教えてくれているからだ。


 ハンドラーの戦いは、ウラノメトリアへの命令権の奪い合いにある。単純な機体の性能や、ハンドラーの感性に左右はされない。ニアナは少なくともそう考えている。頭もにぶい自分がハンドラーとして戦えているのは偶然なのだと、彼女はずっと思ってきた。だから、慣れないことをするとひどく落ち着かない。

 耐えろと言われ続けて、じりじりと距離を詰めながら攻撃を避けていたのに、とうとう直撃した。装甲こそ傷はつかなかったが、姿勢が崩れるとニアナはぎょろりと瞳を動かした。無様に転倒すればさらに攻撃を喰らってしまう。リシウスのように器用に身体を動かすことはできない。だが。


 己の身体とまったく同じように、ニアナはマギナを動かすことが可能だ。


 マシンである以上、関節部分、稼働域が限られているが、それを最大限使えるニアナは地面に手をついてそのまま横に転がる。まるで巨大な人間が追撃を避けるような動きをしたことに敵機は驚いたように一瞬、動きを止めた。

 その刹那、ニアナの意識は強制的に遮断された。同時に、彼女ではない人物が彼女の肉体を動かして、マギナを立ち上がらせた。


「ニアナ、少しの辛抱だ」


 言葉は今はには届かないだろう。この作戦では、ニアナは敵機を殲滅することが任務ではない。準備ができた瞬間に、リシウスと『交代』して戦うことが目的だったのだ。

 ニアナ本人と違い、接続状態が数段落ちる。それを抜きにしても、彼女の身体を動かすリシウスは冷静に観察する。

 くそったれな実験だと、リシウスは心の内側で洩らす。実戦で試したいというやつらの意向を汲むことになったからか、ニアナの消耗が激しい。そもそも彼女はこういう戦闘方法は得意ではないのだ。


 視界の中で、敵機それぞれに『照準』を合わせる。マギナが持つ武器をリシウスは振り回した。遠心力が発生するほどの凄まじい動きはニアナではなく、彼だからこそ可能である。マシンはマシンだと、切り離して思考する彼は腕部分の回転速度をあげて風を起こした。乗り手の意識と密接に繋がっているからこそ人間じみた動きをするマギナが、今は完全に違うマシンとなっていた。関節部分の必要最小限の部分だけウラノメトリアを組み替え、手首だけを凄まじい勢いで回転させているのだ。


 地面から浮かび上がるつぶてにさえ、ウラノメトリアは含まれる。リシウスは棒状の武器を片っ端からそれに当てて、弾いた。石礫とは思えない速度を持ったそれらは敵機をどんな弾丸よりも鋭い致命傷を与える驟雨しゅううとなった。

 ウラノメトリアで硬度、強度を増した礫によって穴だらけになった機体ががくんとその場に崩れ落ちるように膝をつく。コアごと貫いたので立ち上がってくることはないだろう。だが。


 たった一機、ニアナが「かたい」と認識した機体だけが残っている。


 リシウスは苦虫を嚙み潰したような気分になった。動きを観察してはいたが、一番厄介だと思っていた機体がやはり残っている。そしてなんとなく感じていた。


 自分と同じような、ハンドラーだと。


 礫を完全に防いだわけではない。コアの部分だけを集中的に護っただけだ。乗っているハンドラーさえ殺せばいいのだと、理解している者が乗っている。だから、のだ。

 ニアナに耐えさせて稼いだ時間で、士官学校の者たちを避難させることはできた。犠牲は多少あっただろうが、それでも。


 ゆっくりとコアの中でマギナを動かす。こんな危険な戦闘方法を何度もするわけにはいかない。自分たちの戦闘記録はとれた。自国に戻ってそれを手渡し、そしてここから敵機を追い払う、または殺せばこの地での任務は完了するのだ。精神負荷がかかり過ぎるこの戦い方は採用されない。当然だ。リシウスがハンドラーとして乗っていることと同義に過ぎないのだ。意味などない。


 たった半年にも満たない出来事ではあったが、リシウスにとっては苦痛の連続だった。別の土地に来ても常に気を張っておらねばならず、ニアナを傷つけようとする莫迦ばかが多くて辟易へきえきしていたのだ。あてがわれた部屋で静かに読書をしている時間だけが、いこいだった。戦いから遠のいた場所にいることが、まるで夢想のように笑えるほど、暇だった。最高ではないか!

 ずっとずっとずっとずっと戦い続けて、挙句、都合で叩き起こされ、不自由な肉体でまた戦地へと向かわされ、同い年の娘を犯し孕ませろと難題を吹っ掛けられ、どこまでもどこまでも道具扱いされるこの人生で!

 それでもやはり、生き残ることを求める彼女を守るためにも、戦い続けなければならないのだ。

 どこの国のマギナかは見当がついている。軍事力、第二位。ファルス――――別名・帝国!

 できればここで、このハンドラーは殺しておきたい。量産機の扱い方が上手うますぎる。だからこそ!


 ひゅっと息を吐いてリシウスは練習機の足を狙ったほうへと、地面を滑らせた。ニアナが得意とする、ウラノメトリアを駆使した『浮遊滑空』である。地表を滑るように移動して一気に距離を縮める。視界を遮る邪魔な木々を武器で薙ぎ払いながら、敵機のコアだけに照準を定めた。

 手に持つ武器での攻撃、致命傷にならず。激突による衝撃、致命傷にならず。あらゆる可能性がリシウスの脳内で提示されては、却下される。

 ニアナと違ってウラノメトリアの反発を利用する『浮遊』状態を維持することはリシウスにはできない。敵機との距離を詰めるための手段だけにすぎないために、その限られた時間で相手に致命的な一撃を与えなければならない。


 意識転換の技術『共振』は実戦向きではないと報告書に強く記すべきだと思いつつ、敵機が遠隔射撃機を構えているのが視界に入る。場所がひらけてきているので狙いやすいだろうが、それはこちらも同じだ。

 射出された特殊な弾丸の軌道を瞬時に計算した。なぎ倒す木々を蹴り上げて遮蔽物としてそのまま跳躍した。まったくもって、悪手あくしゅだ。空は狙われる。恰好の的だ。


 だがそれでいい。


 砲口がこちらに向いた。その砲口目掛けて持っている棒状の武器を寸分違わず突っ込んだ。その勢いのまま、敵機を地面に引きずり倒す。なんともまあ、不格好なやり方ではあったが、昔のリシウスはこういう戦い方もよくしていたものだ。

 敵は使い物にならなくなった砲撃機から手を離すが、逃がすまいとリシウスががっちりと上に乗って地面に押し付けた。見た目より軽いマギナの重量で地面がえぐれる。

 振り上げた拳を、コアの装甲に何度も当てる。ニアナのようにはいかないが、リシウスもそれなりに強化できる。だが。


(かたい……!)


 なんなんだ、この硬さは。

 リシウスの胸の内がざわりと騒いだ。間違いなく、ここで殺さなければ。

 無意識にそう考えていたが、がくがくと全身が震え出した。

「あ? あ」

 何事かと思ったがすぐに気づく。無理やり眠りの中へと引きずり込んだニアナの意識が目覚めようとしている。この肉体は彼女のものだ。当然ながら、異物であるリシウスの意識を弾き出そうとしているのだ。

「ここまでか」

 その言葉が合図になったように、ニアナは大仰に咳き込んだ。そしてきょろきょろと周囲を見回す。

「あ、あれ……え? あ、わあああ!」

 リシウスの舌打ちが信号となって聴こえる。練習機の脚をつかまれ、持ち上げられた。後ろに倒れる!


 派手な音をたてて練習機が仰向けに倒れた。接続状態ではあるが、痛覚がマシンにあるわけがない。ただ、コアの中にその衝撃だけはかなり軽減されているが響いた。

「ぐっ!」

 歯を食いしばるニアナがカッと目を見開いた。

 敵機はこいつだけのようだ。リシウスが一機まで減らしてくれたのだ。ありがとう。そんな言葉が浮かんで、すぐに消えた。今は感謝の言葉を放つよりも先にすることがある。

 全身を流れる血管の、血液に含まれるウラノメトリアが反応し、黄金色に輝きだした。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 両手に、大気の中を舞う粒子マシンを集める。巨大な拳へと変形したそれを、起き上がりざまにニアナは敵機のコア目掛けて下段から振り上げた。


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