14:幽玄 世界会議前ーヨリルア


 星歴せいれき3002年・万朶ばんだ灰簾かいれん。冬がすっかり到来している。



 がり、がりと親指の爪を噛んでいる顔色の悪い少年は小型の遊戯マシンの画面を見ながら憂鬱そうに顔をしかめる。気候は視界の悪い雨。これで出撃しろと言われると彼は一層不機嫌になる。

「リゲル、爪を噛むのをやめないか」

「ああ?」

 態度悪く返す彼に、注意をした男は溜息を洩らす。

 この世界戦争が始まってから初めての世界会議。五大国と称されているもののひとつであるヨリルアでは随一のハンドラーがこの問題児だということはもう、他国にも知れ渡っていることだろう。


 仕方ないとばかりに若葉色の軍服を着てはいるが、だらしないという印象がある。彼が背中を丸めて座っているからだろう。目的の島までの船内のこの部屋には二人だけだ。

 ひたいに手を遣った首相の男は痩せており、うなる。

「睨み合いを続けていると思っているのはアスバくらいだ。テラストとファルスのハンドラーも同席させるのは今回だけだと言っていたが……リゲルも連れて来なければうちの体裁もあるというのに……」

 ぶつぶつと言っている男とは向かい側になる位置に座っているリゲルは、そこで顔をあげた。

「情報が開示されたんだろう? というか、どっかの国、潰したんだろテラストが」

「97の國も占拠されそうだったのを防いだのはあそこだ。おかげであの島国があそこの属国のような構図になった」

「馬鹿らしい。あんな小さな島、こっちもやろうと思えばできただろう?」

 その通りだった。出遅れたのだ、言ってみれば。

 そしてどこよりも警戒すべきテラストという国が、今も十分な軍事力を維持していることが明らかになった。数年前までは国内でいくつか派手な紛争が続いていたあの国は、登録不明のハンドラーがいて手こずっているということだったが、今となってはその話もわざと流したのかもしれなかった。


 くせっ毛のリゲルは命令が出なければ部屋から出てこないハンドラーではあったが、それでも悪名高いアネモネよりもマシだった。彼は敵味方を区別なく殺戮などしないし、面倒な注文をしてはくるが許容範囲内のものだったからだ。

 グラス戦争でのありとあらゆる戦場で、それこそ……。

(トワイライト・レガリアの一員だったというアネモネを処刑したというが……手元に置くよりも処分したという説が正しいということか)

 戦時では英雄ともてはやされたテラスト連合国の特殊部隊、トワイライト・レガリア。少数精鋭部隊だったことも災いしてか、アネモネだけが生き残ったが処刑されるとは皮肉なことだ。実は本物のアネモネなど、とうに死んでいたのかもしれない。すべての記録は存在していないのだ……事情はどうあれ、闇の中に葬られた。


「テラストね……カース・ウィッチの出身国なんだろう? 使いこなせないハンドラーはただの邪魔になる」

遊戯あそびの世界じゃないんだぞ!」

 思わずリゲルに怒鳴ると、まだ十代の彼は耳を塞いでうんざりしたように顔を逸らした。気分屋の彼が自国最高のハンドラーだと思うと、胃が痛くなる。

 開示された各国のハンドラーたちの情報も、正しいかどうかはわからない。そもそも今回の戦争は、97の國を襲ったことが発端で、それを士官学校に居合わせたテラストのハンドラー候補生が迎撃したのだ。いいや、偶然などがあの国にあるわけがない。わざと送り込んだはずだ。97の國も馬鹿ではない。警戒はしていたはずだ。


 そもそもあの連合国には帝国を凌ぐほどの『頭のおかしい』ハンドラーが現れる。アネモネしかり、候補生しかり。

 リゲルのスコアも高いほうではあるが、普段の彼はかなり低い。戦闘になれば別だが、スコアの高いハンドラーはほぼ腫物はれものみたいな扱いをされる。リゲルも当然例に漏れないが、ひとりのほうが彼は楽らしい。だがこの少年を十全に活かすにはラヴァーズを大勢用意しなければいけない。手間がかかり過ぎるが、ラヴァーズは使い捨てだ。

 遊戯マシンをいじっていたリゲルは、突然画面が雑音を混じらせて真っ暗になったことに舌打ちした。目的の島はもうすぐそこということだった。


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